にじみだす

 ああ、いい匂い。
 目の前のやわらかい感触に顔をうずめて呼吸を整える。同じボディーソープの香りにまじる薄い汗の匂い。好きだなあ、と改めて確かめるみたいに、胸から首筋にかけて鼻をこすりつける。大きな手に頭を撫でられる。嬉しくて、ふふ、と笑い声がもれた。
 大和、と名前を呼んで両手をしっかりとした体躯に絡める。ちょっとした身体の動きも、今俺たちがつながっていることを思い知らせてくるみたい。嬉しくて、少し恥ずかしくて、あとなぜか緊張してしまう。
 こうして大和と身体を繋げるようになってからまだ日が浅い。今日も誘ったのは俺だった。
 ベッドに腰掛けた大和の上に乗っかって、キスしながら服を脱がせ合った。大和はいつも優しくて、俺に気を遣ってくれているのがわかる。手のひらに力を込めるのは、ぐいと抱き寄せる時だけ。大きな身体が俺をおびやかすのは、つながりが絶たれてしまうその時だけ。
 俺の中に深く潜り込んだ感覚に慣れるまで、大和はただ俺を抱きしめて、静かな呼吸を繰り返す。しっかりとついた胸筋は力を入れなければ包容力に満ちた柔らかさで、頬で触れて確かめるとしっとりと心地が良い。腕を回してその厚みをたっぷりと味わった。ぎゅっときつく絡み付くと、大和の声が降ってくる。

「いたくねぇか?」
「うん」

 用意していたみたいにすかさず返事してしまって、大和がちょっと笑う。そっけない優しさにどきっとした。俺は大和のことが本当に好きなんだと、何度も、何度も、何度も気付かされる。
 俺は大和に傷付けられない。唇の端にキスをすれば、小さく見せた舌ごと絡めとられてしまった。大和の膝の上に乗ってやっと対等な高さに近づけたこの体勢は、キスしやすくていい。もっとしていたかったけれど、しばらくすると大和は俺の顎を支えたまま離れていく。顔が熱くて、火照っているのがわかった。小さく好きだと伝えると、耳元で大和がおれもだと呟いた。

「俺の方がもっと好きだよ」

 聴こえなくてもいい。そう思ったのに、言葉はちゃんと声になって、大和がかすかに笑ったのがわかった。
 もう十分すぎるほど優しくされて、この上なんてないと思うのに、もっと欲しくて仕方がない。
 してほしい。このまま動いて、もっと奥まで愛してほしい。全部を大和に委ねた体勢では、どうしても俺が動けなくてやきもきする。でもわがままを叶えてほしい。胸板に頬を擦りつけたまま見上げると、オレンジの大きな瞳がうんと言ってくれたような気がした。

「……瑛二」

 声は空高くに放り投げられ、すとんと俺に落ちて来た。
 わがままを察したみたいにいきなりぐっと突き上げられる。突然のことなのに、感じすぎて身体がびくりと震えた。不規則なテンポで奥に奥にと押し当てられる。

「ん…………は、ぁ…………あ……」

 心は身体に、身体は心にひどく従順で、脳が溶けるみたいにじんわりとした幸福感が広がってくる。力を入れて張りつめた胸板に、俺は顔をうずめた。

「――あ、あ……ッ、は、ぁ……」

 どうしてもこぼれてくる声を塞ぎたくて唇を押し当てる。少しは控えめになってくれるけれど、大和の動きに翻弄されてふと唇が離れる。敏感になってしまった内壁を擦られる、この感じが好きだ。
 大きい声になってしまいそうでぎゅうっとしがみつく。

「瑛二……」

 切羽詰まった声で呼ばれ、こくこくと首を小さく縦に振った。呼吸が苦しい。涙がたまってきたのに気付いて見上げると、大和も俺を見つめていて視線が絡まった。

「瑛二」

 ぴたりと動きが止まった。

「え……?」
「瑛二」
「……ん、」

 かたい指先に髪を撫でられる。心地が良くて目を閉じると、たまっていた涙が頬を転がった。

「きもちよく、ねぇか?」

 どうして、そんなこと。
 思うのと同時に首を横に振っていた。唇の高さを大和と同じくらいにして、「きもちいいよ」と念押しみたいに言った。大和は俺の涙を拭って、今にもキスしそうな距離で息を吐く。

「おまえが苦しそうにするから」
「そんなことないよ」
「すげぇ静かだしよ」
「……それは、」

 言い淀んで、思わず目をそらす。
 俺が男だから。かわいい声は出せないから。わざわざそんなことを言って、事実を大和に思い知らせたくない。一緒にいてくれることはただの気まぐれじゃないと知っているけれど、でも、大和は女の子と恋をしてきた人だから。
 大和が口をゆるいへの字にして、不服そうなのがわかる。俺はどうしたらいいんだろう? 言葉に悩んで、同時に、大和の機嫌を取りたがっている俺自身の浅ましさにがっかりする。

「えっと……」

 言いかけた瞬間、大きな両の手のひらに腰を掴まれ持ち上げられた。
 俺のなかにいたはずの大和の性器が、確かな感覚を持って抜け出そうとする。

「やだ……!」
「…………いやなのか?」
「やめないで」
「おまえむずかしいな」

 もう、ギリギリのところまで腰が引かれている気がする。いじめて楽しんでいる、ようにも見えない。大和はそのまま動こうとせず、明るい色の瞳をぎらぎらさせて「で?」とさっきの言葉の続きを促した。

「……だから、男の声、だから……ッぁ、あ、やっ」

 つぷりと艶めかしい音を立てて、大和の手で俺の腰が下ろされる。奥に当たるとひとりじゃ座っていられないくらいに気持ちが良くて、寄りかかりたいのにそれを大和は許してくれなかった。片手で顎を支えられ、息もかからないくらいの距離を取られてしまう。

「男だから、なんだって?」
「だから……せっかくして、くれるのに……いやかなって」
「なにが?」
「男の声じゃ、大和はつまらないでしょ……?」

 ばちん、と軽快な音がして、俺は額に思い切りデコピンを食らった。「い゛ッ!」とわけの分からない声が出て、のけ反りそうになった身体を大和の手が支えてくれる。

「おまえの身体だって男のだろうが」

 そうだけど。わかってる、けど。
 言葉にできず俺は押し黙る。
 違う。大和が言うのとはちょっと違う。これは気持ちの問題で。俺は大和が気持ちよくなってくれるなら、目隠ししてたっていいくらいだから。本当はそんなの寂しいけど、してくれないよりはずっといい。
 大和はそれをわかってない。俺がどれだけ大和を好きで、そのせいでどれだけ狂わされているのか。めちゃくちゃに、大和のいいようにされたいのにしてもらえない虚しさなんてどうでもいい。お願いすれば触れてくれる。それはすごく幸せで、それだけでいい。いいはずなのに、心をもっと預けてほしい。矛盾した想いに気付いていた。好きなだけじゃ足りないと心がさけんで止められない。

「……おれの何がおまえをそんなに不安にさせてるか知んねぇけど、おまえやりたいんだろ?」

 うん、と小さく頷く。俺にとっては当たり前のことすぎて、考える隙すらなかった。

「大和は?」
「好きなやつとやりたくねえ男とかいんのか?」
「……俺も……好き」
「おれはおまえが、瑛二が好きなんだからな。男とか関係ねえし、いちいち気にしてんじゃねぇ」
「大和……」

 これ以上話したいこともないのに、つい名前を呼んでいた。珍しく赤くなった大和が、もういいだろとぎゅっと抱きしめてくる。髪を撫でると大和も同じ動きをした。
 大和が伝えてくれる、「好き」の気持ちを疑ったことはない。でも心のどこかで、それは恋とか愛とかの「好き」と、全くの別物だと思っていたのかもしれない。
 頭を撫でる手がゆっくりと下りて、俺の腰を掴む。どちらともなくキスをして、大きな瞳に捉えられたまま、俺はもう自分じゃ動けなかった。

「好きだ」

 見つめ合ったまま、大和が俺の身体を上下に揺らす。大和が入り込んでいるお腹の方までぐっと深く突かれたり、ゆるやかに抜け出したり。

「は、ぁん、やっ……!」

 両手で肩を掴むのがせいいっぱいで、とても声を抑えられそうにない。大和はいいと言ってくれても、恥ずかしいものは恥ずかしい。ぐっと肩を掴まれながらびくともせず俺をいいように動かす、雄の本能みたいなものが見えて頭がぼうっとしてきた。

「あ、ぁ、ぁぁ……っ、ひぁ、やぁ……!」
「かわいい声出せんじゃねぇか」
「や、ちが……っ、ぁん」
「もったいぶんなよ」

 がくがく震えて溶けそうな身体を、しっかりと支えてくれる。肩を強く掴むとどっちが動いているのかわからない。こうしているときがやっぱり、大和とのセックスの中で一番気持ちがよくて離れたくない。意味を持たない声をこぼす俺の唇に、大和がそっと近づいてきてふたをした。

「っん――」

 脳までとろとろになって、ぴりりとしびれる。下から上に駆け上がってくるこの感じは俺が受け止めるには大人びすぎている気がした。
 夢中になって首に腕を絡めてキスをする。絡み合った舌がすごく熱くて、またぞくぞくくる。ぴったりくっついていたい気持ちは同じだった。もっと、もっともっと近くにと抱き寄せられ、大和の腹に俺の熱がぐっと押し当てられた瞬間、大きな声を出してしまった。

「ひぁあ!」
「いきそうだな」
「ん……あつい……」
「自分でうごけるか? てつだってやるから」

 触れるだけの軽いくちづけをもらって、いい気になって俺は頷く。片手だけで大和は俺の身体を支えて、少し離すように動かす。サイズのせいでもともと全部は入りきらない大和の熱を、ちょっとだけ、それから深くまで、飲み込むように動いてみせる。

「ん、ぁ、あ、ゃっ」

 時々大和が突き上げてきて、こわいくらいの快感をくれる。
 先走りで濡れた性器を大和の大きな手に扱かれる。気持ちがよくて、もうやめてほしいくらいでもやめてくれない。自分でするのにそんなに激しくしたこともないくらい、たっぷりと俺にくれて頭がどうかなりそうだ。

「えーじ……?」
「ゃ、あ、やまと、おれ、も……もうっ」
「いきそうか?」
「んっ……ぁ、あ。はぁッ……ん、いく、いっちゃう……」
「……いいぜ」
「ぁ、あぁ、あッ、あ、っあぁ……!」

 熱を放つ。その手前で大和が手を離し、抱きしめながら腰を揺すってきた。出している最中なのに、ぐっと腰を入れられ全身から力が抜ける。くたっと腕の中に落ちたとき、掠れた大和の声といっしょに、熱いものが出されたのがわかった。

「う……ぁ、はぅ……んっ」
「ん……ッ、ぁ、あ、」

 抱きしめられたまま、ひろいベッドに二人して倒れこむ。上からキスを落とすと大和も観念したみたいに応えてくれた。

「……もう、一回」

 唇が触れたままはっきり言葉にする。大和は俺の好きなちょっと幼い笑顔で、「上等だ」と歌うように言った。
 気持ちが淡く滲みだす。たくさん二人でキスをして、夢の中にいるみたいに、好きだよと何回も何回も、囁いては離れないでと夜に祈った。