可愛いひと

少し未来のやまえじの話
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「お味噌はそっちにしまって……あ、マヨネーズはもうすぐ切れちゃうから、冷蔵庫ね」
「はーい、これでおしまい?」
「うん――あ、」
「なに?」

 脚立にのぼったままこちらを見下ろす大きな瞳を見つめ、瑛二はエプロンのポケットから小さな箱を取り出した。

「これも、お願い」
「……これって」
「まだ、ナギと俺だけの秘密にしてね」

 箱を受け取った青年――帝ナギは、神妙な顔で頷いて箱を手に取った。買い置きした調味料などを入れておく戸棚の一番手前にそれを置き、脚立から下りる。

「この戸棚、もっと低い位置に付け替えたらいいのに」
「寮暮らしを始めた頃は、もっと身長伸びるって思ってたんだよ。でもあんまり伸びなくて……最初から低くしてもらえば良かったよね」

 にこりと微笑みナギを見上げる。レイジングエンターテインメントの寮で生活を始めてから五年、ナギの身長は瑛二だけでなくいつの間にかシオンのそれも越えていた。

「でも手前のものならちゃんと取れるし、入れるのは、だいたい大和がやってくれるから」

 脚立を棚の横に立てかけ、マヨネーズを冷蔵庫に立てて置く。ナギは壁を背にして腕を組み、「瑛二がいいならいいと思うけど」と言った。
 この数年で、背が伸びただけでなくナギはすごく大人っぽくなった。元々可愛いだけではない、色気を含んだ少年だったけれど、最近はますます磨きがかかっているように思う。

「じゃあボク、ダンスレッスン行って、そのまま瑛一と仕事だから。ご飯は外で食べて帰るね」
「うん、気を付けて」
「もう、午後からせっかくのオフなんだから瑛二はゆっくりしてればいいのに」

 鍋に火をかけ始めた瑛二の姿を見て、呆れたようにナギがためいきをつく。
 くせみたいなもので仕方がない。料理をするのは嫌いじゃないし、本来の食事当番のヴァンも仕事中なのだから。
 少し伸びてきた襟足を鏡の中で気にしながら、「そうだ」とナギが瑛二に視線をやる。

「ボクからの誕生日プレゼント、一日遅れで明日寮に届くから。マネージャーから、そのまま瑛二が受け取っておいてよ。明日も明後日もバタバタなんだ」
「うん、わかったよ。ありがとうナギ」
「どういたしまして! じゃあ行ってきます」

 ぱたぱた、とスリッパの音を立ててナギが出ていく。あらかじめ切っておいた野菜を炒めながら、誕生日プレゼント、という響きに思わず笑みをこぼした。

 

 

「瑛二、今日誕生日だろ」

 大和がそう切り出したのは、五年前の今日のことだ。あの日も瑛二は夕飯を作っていて、大和と付き合ってから初めて迎える誕生日だった。台所にひょっこりと姿を現したかと思えば、大和は不機嫌そうに瑛二を見下ろしていた。

「そうだよ」
「なんでそういうこと早く言わねえんだよ」

 棚に立てかけてある脚立を広げ、そこに座る。このスタイルは今も変わらなくて、瑛二の料理の手伝いをすることがない時はこうして座っていることが多い。冷蔵庫から出してほしいものがある時なんかに働いてくれるから、大和がそうしていると案外便利だ。

「ほしいものとかねぇの?」
「うーん……」

 特にない、と最初は答えた気がする。

「鍋とか、フライパンとか、料理につかうモンは」

 瑛二といえば台所だと思っているらしい。兄さんがくれたから、と瑛二は答えた。確かこの年の誕生日には、兄がシステムキッチンを備え付けてくれた。瑛二だけが使うわけではないけれど、しいて言うならばとお願いしたことを覚えている。今思えば、戸棚の工事もいっしょに頼めばよかったかもしれない。

「じゃあ、花につかうモンとか」
「今は……足りないもの、ないかな」

 つい即答してしまい、大和は「そうかよ」とつまらなさそうに言った。肥料などの消耗品は先週買い足したばかりだったし(しかも荷物持ちで大和と一緒に出掛けた)、あとはまだまだ長く使えるものばかりだ。何か物を、というと思いつかなくて、贈り物が苦手な綺羅が曲を書いてくれたことを思い出した。

「あのね、大和」

 料理の手を止めて、脚立に座った大和と高さを合わせて腰を折る。

「大和に、そばにいてほしいんだ」
「……? わりいけど、二十時から仕事だ」
「そうじゃなくって」

 こうも伝わらないものなのか。大きな手の甲に手のひらを重ね、頬に軽くくちづけると大和が驚いた顔をした。
 共有スペースである台所だったからなのか、瑛二からそうしたのが珍しかったからか。それは今じゃもうわからない。

「これからも、ずっと、そばにいてほしい……ってこと」

 言葉にすると恥ずかしくて頬が火照った。あたりまえだろ、と頭を掻いた大和の顔が、可愛くって未だに忘れられない。

 

 

(本当に可愛かったなぁ……あの時の大和)

 思い出しただけでうっとりと微笑んでしまう。炒めた玉ねぎが透明になったところで火を止め、小麦粉を振り入れた。
 今思えばあの頃から瑛二の方がずっと大和に夢中で、盲目的なところがあった。大和の誕生日には気合の入ったケーキを作って引かれてしまったし、その年の瑛二の誕生日は、一週間以上忘れられていたけれどそれを指摘せずにいたらなぜか怒られて喧嘩になった。自分の誕生日すら忘れがちな大和は、今日をちゃんと覚えているだろうか。

「……あ」

 鍋をかき混ぜる手を止める。遠くで扉が閉まった音がして、小さな足音が聴こえる。このテンポ、少し重たい感じ、間違いなく大和のものだ。
 あんまり浮かれていると思われたくない。鍋にコンソメを入れて、再び火をかけてゆっくりと混ぜ始めた。

「おう」
「おかえり、大和」

 今気づいたみたいな顔をして、台所に入ってきた大和に視線をやる。帽子とマスクを外した大和が当たり前みたいに隣に並んだ。見上げると、自然な流れで唇が重なった。

「誕生日だろ。おめでとう」
「……ありがとう。覚えてたんだ」
「昨日、ヴァンに言われておもいだした」
「大和のそういうとこ、好きだな」
「どういうとこだよ……」

 嘘をつかないところ。
 正直なところ。
 誰に対しても、まっすぐなところ。
 ずっと好きでいてくれるところ。
 好きじゃないところを探す方が、瑛二にとっては難しい。
 目を閉じて二回目をねだると、大和は黙ってそれに応じてくれる。瑛二から仕掛けられない身長差も、時々やきもきするけれど嫌いじゃない。
 唇を離すと鍋に気付いた大和が代わりにかき混ぜ始める。

「なあ、ほしいモンねえの?」
「あるよ」
「お、めずらしいな」
「戸棚の手前にある箱、取ってくれる?」

 おう、と返事をした大和は、右手にしゃもじを握ったまま左腕を伸ばす。瑛二より十五センチ以上背が高い大和はそれをすぐに見つけて、手のひらの中にそれを転がした。

「……指輪かなんかのケースか?」
「うん、でもね」

 大和の手の中でふたを開けてみせる。黒くて手触りの良い質感に包まれたその中身は空だった。
 鍋をかき混ぜる大和の手を止めて、弱火で煮込み始める。
 オレンジの瞳を見上げながら、左手の、永遠を誓い合う指の先にキスをした。

「中身は一緒に選びたい。俺の気持ち、受け取ってほしいんだ」

 大和の左手を掴んだまま、上目遣いでその顔を見上げる。もしかしたら引かれているのか、それとも喜んでくれているのか、照れているのか、驚いているのか、全くわからない。サイズを知らなかったからじゃないんだよ、と笑ってみせたとき、ぐっと身体を抱き寄せられた。

「……っ、大和?」
「なんでおまえはそういうことするんだよ」
「なんでって……」
「こういうのはおれにやらせろよ」
「だって……大和がいつまでも言ってくれそうにないから」

 仕返しと言わんばかりに、たくましい体躯をぎゅっと抱きしめる。胸元に頬を寄せたまま見上げると、くそ、と呟いた大和に頭をがしがしと撫でられた。

「ずっとそばにいるっつっただろ」
「うん」

 あぁ、やっぱり可愛くて仕方がない。そばにいることを願ったのは瑛二の方だけど、怒られそうなので言わなかった。
 背伸びをして、またキスをせがむふりをして囁いた。

「ねえ大和」
「ん?」
「今日の夜、部屋に行っていい?って聞くから、うんって言ってほしい」
「……んなめんどうな言い方すんなよ。あたりまえだろ」

 軽く唇が触れたあと、大和が瑛二の左手を持ち上げてそっと包んだ。中指の硬い先で、薬指の付け根をくるくると撫でられる。

「おれも、選んでいいか? おれの誕生日待たずに、ここに、おくってもいいか?」

 まっすぐこちらを見ながらほんの少し顔を赤くする。可愛いなぁと微笑むと思わず小さく笑い声がもれて、それを封じるみたくまた唇を奪われた。
 瑛二の答えはわかっていたのだろう。ながいくちづけのあとにしっかり頷くと、大和は当然だと言いたそうな顔で笑った。

「好きだよ、大和」

 肩に頭を預けて呟く。おれも、と照れたような声色が、きっと何年経っても愛おしい。いつまでもこんな日が続くといい。自身の薬指に唇を寄せながら、瑛二はただ、一瞬の永遠を願わずにはいられなかった。