※中途半端なところまでしか書いていない未完成の小説です。色々ご容赦ください。
狭いラーメン屋の店内は、いつも通り昭和歌謡がぎりぎり聴こえる程度の音量で流れていた。ヴァンが券売機に紙幣を吸わせる音にBGMがかき消される。
「二人とも何にする?」
自分の食券を購入して、大和と瑛二に訊いた。大和はすかさず「おごりか?」と確認する。普段は全員自分の分は自分で支払うことにしているが、珍しいこともあったものだ。
「うん、今日は年長者らしく、ヴァンお兄さんが奢ったるわ」
「よっしゃ。おれ特濃醤油大盛り」
「じゃあ俺はあっさり醤油の大盛りにしようかな。ありがとう、ヴァン」
「食べ盛りやなー」
カウンターの背もたれのない丸椅子に並んで腰掛ける。事務所から徒歩五分のところにあるこの店は、いつからか三人の行きつけだった。赤いのれんに立て付けの悪い引き戸、しゃれっ気は一切ないところが大和は気に入っていた。何より安くて旨い。
「シーちゃんもたまには来ればいいのにな」
シオンとはさっきまで一緒にレッスンを受けていたはずだが、終わったらすぐに姿が見えなくなってしまった。
「シオン、今日は兄さんと映画観に行くって言ってたよ」
「え、そうなん。いいなー。ワイ誘われてない」
「映画よりラーメンだろ」
大和が口を挟むと、会話を聞いていたらしい大将が「ラーメンだよなあ」と相槌を打つ。馴れ馴れしいオッサンだと思って最初は苦手だったが、ここに通うにつれて大将と会話することは苦ではなくなった。たまにチャーシューや煮卵をサービスしてくれるからおそらくいいやつだ、と認定することにしている。
各々ラーメンの丼を受け取って、いただきますと手を合わせる。この店の箸は絶対にきれいに割れない。瑛一とシオンが観に行った映画の話をする二人を横目に、大和は黙って麵をすすり、替え玉も頼んだ。
「兄ちゃんいつもに増していい食べっぷりだねえ」
「散々踊ったあとだからな」
「あー、兄ちゃんたち、そこの事務所の子って言ってたっけか」
レイジングエンターテインメントの所属になって約半年、瑛二、ヴァン、大和、シオンの四人はHE★VENSの新メンバーとしてデビューに向けてレッスンに追われる日々を過ごしていた。大和の目的は、兄である日向龍也を倒すこと、ただ一つ。だが日向龍也との勝負以前にまだデビューすら果たせていない状況、そしてケンカなんかとは一切縁の無さそうな仲間たちと過ごす時間に、うっすらと平和ボケしてしまっている気がする。毎日がそれなりに楽しい。それは別に悪いことじゃない。
「大和、チャーシュー一枚食べない?」
瑛二が箸で持ち上げたチャーシューを寄越す。なぜか瑛二の箸はきれいに割れている。力加減の差か。
「いいのか?」
「もうお腹いっぱいになっちゃった」
「サンキュ」
「ホンマどんだけ食べんねん」
不揃いな割り箸でチャーシューを食べる大和を、瑛二はにこにこ笑って見ていた。おれとは正反対だな、と思う。いい意味で牧歌的というか、とにかくおおらかで、鋭く尖ったところが一つもない。同じ『弟』でも、こいつは兄貴とケンカしたことなんてないだろう。ちっとも想像できない。別にそれをうらやましいとは思わないが。
店を出ると雨が降り出していた。走るか、と言いかけた大和を、俺傘持ってるよと瑛二の言葉が遮った。
「すごっ! 準備いいな」
「いつも鞄に折り畳み入れてるんだ」
そもそも鞄すら持っていない大和とヴァンは、その準備の良さにただただ感心するばかりだ。
瑛二がちんまりとした傘を広げる。三人どころか、瑛二ひとりすら雨をしのげるか不安になるサイズだ。
「おまえら二人で入れよ」
「え、でも大和濡れちゃうよ」
「三人で入ってもたぶん濡れるだろ」
「ええやんええやん、いっぺんやってみよ」
瑛二を挟むかたちで並び、軒先から一歩外に出る。真ん中で傘を持った瑛二は、大和の身長に合わせて高々と腕を伸ばした。
「これあかんわ!」
「そりゃそうだろ」
「傘はやまちゃんが持った方がええんちゃうか?」
「そうかも」
「じゃあおれがまんなかか?」
瑛二と場所を入れ替えて傘を持つ。おもちゃみたいに軽くて、こんなもので雨を避けられるとは思えなかった。引っ付いてくるヴァンを渋々受け入れ、逆に一定の距離を保とうとする瑛二の肩を何の気なしに抱き寄せた。身長差があるせいで、肩がちょうどいい高さにあったから掴んだ。それだけなのに、瑛二はびくりと身体を硬直させて「えっ!?」と大声をあげた。
「なんだよ」
「な、なななんでもない! びっくりしただけ」
「これじゃやっぱり全員濡れるな」
「よっしゃ! 走るで!」
ヴァンが傘の下から飛び出す。肩を抱いていた手を離すと、瑛二もそれに続いた。
瑛二は時々こんな風に、他人との接触に過度な反応を示すことがある。大和はそれを経験(おもに恋愛)の浅さ故のものだと理解していた。それなりに経験を積んできただろうヴァンは、軽率なスキンシップが多い割に、他人との距離の取り方が絶妙だ。不快だと感じる領域に踏み込んでくることは決してない。対する瑛二は、軽く肩が触れる程度で慌てふためいて顔を赤くすることがある。男同士なんだから別にいいだろ、と思うものの、どうしようもないことだからとりたてて指摘するつもりはなかった。
「またラーメン行ってたの?」
事務所の寮に戻ると、ソファに座り雑誌に視線を落としたままナギが呆れたように言った。
「なんやナギちゃん、一緒に行きたかったか?」
「こんな時間にラーメンなんてありえないから」
ヴァンに言い返すために目線を上げたナギは「しかもなんかびしょ濡れだし」とため息をついた。かわいい顔でかわいくない態度を取るのはいつものことだ。
「天気予報見なかったの? 夜から雨が降るって言ってたよ」
「折り畳み一本しかなかったから、みんなで走って帰って来たんだ」
「用意悪すぎ~。風邪ひいても知らないよ?」
「ワイらが風邪ひかんか心配やって? そっかー、ありがとうナギちゃんはかわいいなぁ」
「別に心配なんてしてないし、なんかヴァン適当すぎてムカつく! あとボクがかわいいのは当たり前」
「いちいち全部突っ込んでくれてありがとう」
「ナギ、もうこいつのことほっとけよ」
「ナギちゃんは優しいからなぁ」
「もーっ! 二人ともうるさい! 瑛二、なんとかしてよぉ」
ナギは整った顔を歪めて苛立ちをあらわにすると、瑛二の背中にぴったりと抱き縋った。なんとかしてと言われた瑛二は困ったように眉をハの字にしつつ、和やかに笑う。
あれ、ナギに突然抱きつかれても全然びっくりしない。どうしてだ? ナギはまだ十二だか十三だかの子どもだから、犬っころみたいなもんなのか。確かに二匹の子犬がじゃれ合っているようにしか見えない。自分を納得させ、大和はリビングに移動する三人についていく。
「コーヒーいれるけど、ナギもいる?」
「うん。ナギ、ホットミルクがいいなぁ」
「あ、えーじちゃん、ワイはええわ。もう部屋戻るよって」
「わかった。大和は?」
「おれもホットミルク」
ヴァンと別れ、コの字のソファの真ん中あたりに腰掛けるとナギは再び雑誌を広げて誌面に没頭する。時々発せられる話しかけるなオーラがなんとなく漂っているのを感じ取り、大和は牛乳を温めている瑛二に声をかけた。
「なんか手伝うことあるか」
「うーん……特にないかな。ナギは?」
「すげぇ集中して雑誌読んでる」
「そっか。熱心だね」
瑛二の背後に回り込む。ナギのように抱きついてみたらどうなるんだろうか。気になって、でも行動には移さなかった。突然抱きつく理由がない。別に、抱きつきたいとも思わない。華奢は華奢だが、肉の薄い男の背中。触れたいと欲が湧くことはなかった。ただ、その反応がちょっと気になっただけで。
瑛二は少し首を傾げ、大和を見上げると「どうしたの?」と困惑した表情を浮かべる。
「べつに」
「……そっか」
わざとらしくうつむく顔が少しだけ赤い。なんでだよ、と一瞬気になったが、瑛二が周りより照れ屋なのは知っていたから、特別気にはならなかった。
———-
<中略>
※この間に、「瑛二はおれのことが好きなんだ」と大和が自覚し、付き合いで飲みに行って酔っぱらって瑛二の部屋を訪れる……という描写が入ります。妄想で補ってください。
———-
「おまえ、おれのこと好きなんだろ」
夢の中でも聴くことができなかった言葉と、大きなオレンジ色の瞳が近付いてくる。お酒に酔っているのか、その声も瞳も甘く蕩けている感じがして、瑛二はその来訪者のことをますます愛おしく感じてしまった。
好き。
大好き。
言葉にできない感情を伝えようと何度も頷く。大和は満足げに「そうだよな」と笑う。嬉しそうな表情がかわいい――けど、どうして大和は喜んでいるんだろう。俺に好きだと思われて、むしろ迷惑じゃないのかな。大和は女の子を好きになるひとなのに。
一瞬で脳内にフラッシュバックする記憶がひとつある。
中学生の頃、瑛二は同じクラスの友達のことが好きだった。思えば彼は大和に少し似ている。背が高くて筋肉質で、はっきりとした顔立ち。すぐに肩を組んだり飲み物を回し飲みしようとする彼の気安いスキンシップに、瑛二は常にそわそわさせられてばかりだった。
――鳳さぁ、俺のこと好きだったりすんの?
差別的な含みも、瑛二を茶化す意図もない口調だった。わざわざクラスメイトたちが周りにいないタイミングで訊いてくれたのも、きっと彼の優しさだった。だからこそ、どう返事をしたらいいのかわからなかった。肯定して、今まで通り友達でいられなくなったらどうしよう。でも、好きじゃないなんて言えない。好きだから嘘はつきたくない。本心を伝えて距離を置かれるのも同じくらいいやだ。
無言が問いへの答えになった。
――あのさ、別に、鳳が悪いとかじゃないけど……でもなんか、これまで通り友達でいるの、無理っていうか……。お前いつもすごい俺のことばっか見てるから、ちょっとだけ、その、気持ち悪いっていうか……。
恋愛感情なんて介在しないはずの気安い仲間の輪に一人だけ異物が混ざっていたのだ。彼の拒絶は仕方がないと思えた。呆気なく散った初恋。彼はクラスメイトに瑛二から好意を寄せられていることを吹聴することなく、二人きりになることをなんとなく避けるだけで、表面上は何も変わらない風に中学生活を過ごしてくれた。優しい人だった。今でも、自分の人を見る目は悪くないと瑛二は思う。
頭を撫でられ、びくりと肩がすくむ。あれ以来、人を好きになるのが少し怖い。視線で、態度で、この気持ちが気取られたらどうしよう。気持ち悪いと思われたらどうしよう。それなら、好きだなんて伝えずに、一生成就しない気持ちを抱え続ける方がずっといい。
しかし大和は、瑛二からの好意を知っても、あまつさえ卑しい行為に自分が使われていることを知っても、態度を変えずにいてくれた。大人だから、だろうか。学生同士の狭いコミュニティじゃないから。でも俺たちはHE★VENSというもっと小さな単位でくくられた仲間で――ぐるぐる考えているうちに、大和の手が頬を掠め、そのまま身体を這いまわる。
「……っ、あ、あの、大和……」
「ん」
「俺……女の子じゃ、ないんだよ……」
「しってる」
どうやらお酒の力はすごいらしい。男の身体でもいいなんて。でもここで瑛二と一線を越えてしまえば、朝起きて冷静になった大和は後悔しないだろうか。するに決まってる。だから流されてはいけない。大和のために、ちゃんと断らないといけない。決心して腕を伸ばし肩を掴むと、大和の指がそっと胸の先端に触れ、指先がそこを弄ぶように弾いた。
「あ!」
人間の身体の構造は単純だ。心ではだめだと思っていても、身体が気持ちいいと絆されれば簡単に心を裏切ってしまう。もっと気持ちいいことをしてもらえるかもしれない、されたいという期待は、理性にすぐ穴を空けてだめにしてしまう。
瑛二の反応を面白がった指先が、ぎゅっと強くそこをつねる。普段は主張を控えめにしているはずの乳首が硬く尖ってしまっているのが自分でもわかった。大和に触られたところから順に性感帯に変えていかれるようで、抵抗できなかった。
「あ、ああっ」
脳が強く痺れる感覚。大和の手はそこばかりをずっと可愛がるわけでなく、瑛二の寝間着のウエストに指を引っかけた。だめだと頭ではわかっているのに、身体はそうされたくて仕方がない。快楽を前に人は抗えない。寝間着のズボンと下着とをまとめて脱がされ、瑛二は生唾を飲み込んだ。その音が、自分の耳にもやけに生々しく聴こえる。
大和はベッドに膝立ちになって、自分のジーンズのボタンに指をかける。相当酔っ払っているのか、もたもたしたその作業を瑛二が手伝った。ボタンが小さな穴を外れ、ファスナーをゆっくりと下げながら、もう戻れないかもしれないと覚悟した。朝起きた大和が正気を取り戻して、こんな奴と一緒にやれるかよと拒絶される。ありえない話ではない。それでもこれから得られるかもしれない快楽を強く求めている自分自身に瑛二は辟易した。
ジーンズをずり下げてから、大和はTシャツを脱ぎ捨てた。鍛え抜かれた体躯に粒のような汗が浮かぶ。その光景に、はしたないとわかっていても興奮が止められない。けれどそれをどう伝えていいかわからず、瑛二はただ仰向けに寝転がったまま大和をぼんやりと見上げることしかできなかった。
「……すげーことになってる」
大和の手のひらに下から撫で上げられ、自分の性器の膨張に気が付く。片目を細くして、ちょっと悪い顔で笑うのが好きだ。うまそうに舌なめずりする姿が好きだ。見上げる大和の全てが瑛二を覆う膜を剥がしていく。明日起きたときにどうなってしまうのかとか、これからどんなことをするんだろうとか、そんな不安は簡単に脱がされてしまった。
ボクサーパンツに覆われていた性器があらわになると、瑛二はそこから目が離せなくなる。大きい、と単純な感想を言いかけて口を噤んだ。自分のものが貧相みたいで悔しい。
おそるおそる、大きな身体が重なってくる。一度でいいから、夢でいいから、こうやって好きなひとと身体を重ねてみたかった。健全な高校生ならきっと誰しも願うことだ。でも叶うことはないと思っていた。それだけに、気持ち良さと感慨深さが同時に押し寄せてきて、涙があふれる。気付かれないように大和の頭を両手でかき抱いた。
やわらかい髪の毛から夜の匂いがする。お酒と煙草と、よく知らない甘い香りとが混ざっている。
重なった身体の間で、大和の手のひらに性器を握り込まれる。射精の本能がぐっと駆け上がってきて、我慢できなかった。欲望は大きな手の中でいとも簡単に弾けてしまう。
「ああ、あ、っあ――」
瑛二が達したとわかっていながら愛撫は止まらなかった。今度は大和の性器と束ねられ、先端の敏感な部分を指先で弄られる。片手では扱ききれないから、大和が腰を前後に擦りつけることで全長に淡い刺激を与えられた。
たまった涙がこめかみに向かってころがっていく。悲しいからでもなく、嬉しいからでもなく、気持ち良くて泣いているのがものすごくはしたない気がして、その羞恥を自覚すると、いけないことをしているのだと思い知らされてますます昂る。
「あぁ、あ、あっ」
いったばかりなのに刺激を与えられ続けて、二度目の射精に至った。大和の腰の動きに合わせてベッドが軋む音。瑛二の精液にまみれた性器を扱く水音。そして大和の荒い息遣いに、耳からいかされている感じがする。音に敏感で耳がいい自覚はあったけど、こんなところで発揮されるとは思っていなかった。射精の余韻に浸る暇は与えられず、精を吐き出した性器はすぐに硬さを取り戻して大和に施される愛撫に甘やかされる。
「あっ……! あ、ああ、あぁ」
どうしてこんなにずっと、何回も気持ち良くなれるんだろう。腑抜けた身体にもう力が入らない。大和は瑛二の性器を扱く手を止めると、重ねていた身体を少し離して自分の性器を高め始めた。
俺に跨って、俺に見せるみたいに、大和が自慰行為に耽っている――あまりに刺激の強すぎる光景に目が離せなくなる。
「ん――ッ」
目をつむり、唇を噛んだまま、大和の性器の先端から白濁が飛び散った。獣みたいだ。人間らしい理性はそこにはなくて、ただ出したいから出す、という潔い感じにますます興奮してしまう。
「……なんで泣いてんだよ」
大和はゆっくり目を開けて、飴玉みたいな虹彩を覗かせるとぐっと瑛二に近付いてそう訊いた。
「気持ちよかったから……」
「いって気持ちよくて泣くこととかあんのかよ」
「あるみたい」
「……エロ」
耳元で囁かれると、もうたまらなくなってしまう。
「えーじ、うつぶせ」
命令のような甘えるような声色に従ってうつ伏せになると、大和の両手に腰をぐっと掴まれる。
「大和、待っ……」
双丘を見せつけるような格好になっていることに気が付いて猛烈に恥ずかしくなってしまう。でも大和はやめてくれない。明確な意図をもって、性器の先端を小さな孔に押し当てた。
「ああ……っ、だめ、入らな……い、からっ」
男同士のセックスはどこを使ってするのか、瑛二は知っている。そのために準備が必要なことも。男の性を受け入れたことがない瑛二の後孔は、当然簡単に大和を迎え入れることはなかった。
「ぁ、やぁ……っ」
でもそこを硬いものでこじ開けようとする動きが気持ちいい。大和が俺に入ろうとしている、と思うだけで身体の奥がじんじんと痺れ疼いた。
「ふ……っ、う……」
止まらない声と抑えるためにシーツを噛んだ。じゅわりと涎が染みを作って広がる。挿入を試みる間じゅう、大和は言葉を発さなかった。酔っ払っているからなのか、それとも行為中は喋らないタイプなのか。シーツの擦れる音だけが直情的に瑛二を煽る。
小さな孔に決して侵入できないとわかると、大和は瑛二の両足の間に性器を差し込む。大きな手のひらで腿を内側に押され、どんな行為を求められているかを理解した。疑似的なセックス。繋がっていないのに繋がったような感じがして、性器は腹に付くほど反り返り感情を示す。大和はゆるゆるともったいぶるように腰を揺すり、耳元で何度も瑛二の名前を呼んだ。大きな身体に覆い被さられ、抵抗できなくされていることに興奮した。大和にもっと、俺の自由を奪われたい。瑛二の腰も勝手に拙く揺れてしまう。もっと、と求めて。
「……あ、あっ」
長い指が性器に絡み付き、思わず声が漏れる。
「や――いや、あぁ、っん」
「いやか?」
「や、じゃない……っ」
「おまえも……」
余裕のない声色で囁かれ、瑛二も手を伸ばして大和の性器を握り込む。瑛二の両足に挟み込まれて全長は明らかじゃないのに、だからこそ、その形状がよくわかった。大きいだけじゃなくてとても長くて、もしこれが自分の中に入ってきたら――妄想だけでたまらなくなって、大和の手の中でまた射精した。
この夜のことは全て大和の気の迷いで、だから今日できなかったら、もう二度とこんな夜は訪れないのに。無理やりにでもしてほしい。でもそんなことをねだる勇気はなかった。律動はさらに激しくなり、続けて大和も吐精する。殺気にも似た荒い呼吸音が安らかになったと思えば、瑛二を後ろから抱きすくめたまま大和は眠っていた。
最高だった。
でも最悪だ。
朝起きた時、大和は絶望するだろうか。こんな時普通人はなんて言うんだろう。経験のない瑛二にはわからない。もしもう一緒にいられないと言われたら、ここから去るのは瑛二だ。大和にはアイドルになる目的があって、目標があって、力もあって、兄さんも大和に期待を寄せている。俺が大和を好きになってしまったせいで迷惑をかけるのはいやだ。
でもそんなの、つらいな。
――これまで通り友達でいるの、無理っていうか……。
初恋の人の言葉が何度も何度も脳裡で再生される。目を閉じても、開けていても。眠れそうにないのは煌々とついた部屋の灯りのせいじゃない。
優しい人の優しい拒絶の言葉は、瑛二に今でも呪縛として残り続ける。
◆
うそだろ?
灯りがついたままの部屋で目が覚めて、一番に浮かんだ言葉がそれだった。
冗談だろ。
夢か? 夢なのか?
古典的な方法だとわかっていながら自分の頬をつねる。痛い。あとついでに頭がガンガンする。二日酔いだ。つまりこれは夢じゃないということ。
冷静になれ。自分に言い聞かせる。
まずここは自分の部屋じゃない。じゃあ誰の部屋かって――そんなことはわかっている。後ろから覆い被さるように抱きしめた瑛二は下半身に何も身に付けていない。それに加えて大和は全裸だった。やったのか? 瑛二と? 男同士で? どこまで? やばい、覚えてない。記憶がないのは酔っ払っていたからだが、そんなことはなんの言い訳にもならない。さらに自分を落ち着かせるために深呼吸すると、うなじに風を当てられた瑛二がびくっと身をすくめた。
「おはよう」
背を向けたまま、挨拶はちゃんとする。どこまでもくそ真面目だ。
「……おう」
「二日酔い、大丈夫? かなり飲んでたみたいだったから……」
「ちょっときつい。おまえは?」
「俺はお酒なんて飲んでないよ」
「や、その……体、平気か」
男同士で、しかも何をしたかもはっきり覚えておらず、瑛二の何を労わってやるべきかよくわからない。
「へ、平気だよ……」
「瑛二、おれたち、どこまでやった?」
身体を起こしてベッドの上に片膝を立てる。瑛二は寝転がったまま、シーツで顔を隠した。
覚えているのは、酒に酔って、気分が悪くて、しかも欲求不満で、瑛二の部屋に向かったこと。瑛二が俺のことを拒むはずがないと調子に乗っていた。瑛二の好意に胡坐をかいた。そして瑛二が自分を受け入れてくれたとき、気分が良くて、それからぶっ飛んでしまった。性欲に任せて手を出した。が、具体的に何をやったかさっぱりなのだ。身体はこんなにすっきりしているのに。
「……最後までは、してないよ」
セーフ――とか言ってる場合じゃない。ある程度のことをした時点で、いや、酔っ払っているのを言い訳に部屋に行った時点で大和の行為は褒められたものではない。床に散らかった服を身に付けてから、シーツで隠れた顔に近付く。
「悪かった」
茶色の髪が横に揺れる。瑛二はいい奴だから、こんなことで怒ったりしない。大和はそこにも漬け込んだ。決して許されることではない。
「何言ってももう遅いってわかってんだけど……」
「俺、怒ってないよ」
「なんでだよ」
「大和こそどうして?」
枕を抱えうつ伏せになっていた顔を上げ、紫色の瞳が覗く。よく見ると充血しているその瞳に、瑛二は非難を滲ませた。
「俺たち男同士なんだよ。大和は女の子が好きなのに、俺と、こんなことして……気持ち悪いとか、思わないの」
「それはまぁ……おれ自身がしたことだしな」
「大和はほんとは、相手が男でもいいってこと?」
「……わかんねぇよ。考えたこともねぇし」
「そんなの、変だよ」
瞳に一気に涙がたまり、こめかみに向かって流れたと思うと瑛二はすぐに顔を伏せた。
「おい瑛二、ほんと悪かった。酔って無理やりとかありえねぇってわかってたのにおれ……」
「そうじゃなくて」
身体に纏ったシーツの中から腕が伸びてきて、大和の手を掴む。涙声で絞り出すように続けた。
「気持ち悪いって、もうお前とは一緒にいられないって、言われるかもしれないって思ってたから」
「んなこと……」
「だって大和は酔っ払ってて、俺、本当は……こんなことしちゃだめってちゃんと断ろうとしてた。でも、気持ち良くて、楽な方に流されて……」
「そりゃ……人間なんてそんなもんだろ」
真面目な優等生の瑛二は、大和を拒み切れなかった自分を責めているらしい。そんな息苦しそうな考え方には全く共感できない。襲ったおまえが悪いと大和を悪者にすればいいのに。それができないのが瑛二なのだけど。
「おまえが悪いわけねぇだろ」
瑛二の清廉さに当てられると、この状況で目が覚めて、夢だったらいいのにと思ってしまった大和の醜さが際立つ。それもまぁまぁきついと思った。
「おれだけが悪かった。おまえは悪くない。なんでもしてやるから、それで終わりにしようぜ。な?」
「……うん」
ぽんぽんと気安く肩を叩く。瑛二はシーツに埋もれた中で頷き、「ちょっと一人にしてほしい」と言った。大和は部屋を出る。昨日の夜のことを思い出そうとすると、軋むように頭痛がした。喉の奥に、得意じゃない酒の味がまだ残っている感じがする。重たい二日酔いのせいで、大和はそれを思い出すことをすぐに諦めてしまった。
◆
扉が音を立てて閉まり、大和が出て行ったのを確認してから瑛二はシーツの山から抜け出した。下着だけ身に付けて姿見の前に立つと、胸の先端が赤く腫れている。ここを大和がちょっと触っただけでおそろしく気持ちが良かったことを思い出し、身体が疼き出す。
大和がよく覚えていないのは幸運だったかもしれない。男の乳首を愉しそうに弄っていたことも、本当は最後までしようとしていたこと、何度も瑛二の性器を扱いていかせたこと。どれも多分思い出さない方がいい。
白いシーツに鼻を擦りつけると昨日の大和の匂いがした。大和が吸わない煙草と、大和が得意じゃないお酒と。だからこれは本当は大和の匂いではないけれど、昨日の記憶を呼び起こすには十分だった。腰を高々と上げて、下着の中で硬くなった性器をこする。
大和。
漏れそうになった声は枕に吸い込ませせた。
腰を掴んだ大きな手のひらを思い出す。圧倒的な力で、大和は瑛二を好きなように操る。大和はそれをしてもいい。大好きだから。挿入を試みてぴとりと触れた性器の硬さが肌に蘇る。もっとしてほしかった。
「……っあ…………」
空いた手で胸の先端に触れる。昨日の熱がもう一度宿るみたいにちりちり熱い。
――なんでもしてやるから。
さっき、大和は間違いなくそう言った。
じゃあ、もう一回したいって言ったら?
もっとすごいことしてほしいってお願いしたら?
考えただけで頭がおかしくなりそうだった。
大和と最後までしたら、俺、どうなっちゃうんだろう。
自分の性器を高めながら考える。あの大きくて熱い全長に身体を貫かれたら。どこまで届いて、どんな風に動いて、俺はどこをどうされるのが気持ちいいんだろう。自分の意思じゃ動けなくなるように覆い被さられて、人間じゃない動物みたいに、本能的に俺を求めてほしい。どんなひどいことでも大和にされたい。
「あ、ぁあ……っ!」
自分の手の中で欲望が弾けてシーツを汚す。
俺がしたいのはもっと――。
――なんでもしてやるから。
その響きにつられた甘くて都合のいい妄想を繰り返しながら、瑛二は再び赤く腫れた胸元に指を伸ばした。
◆
「ねえ大和、昨日上の階からドタバタ? がたがた? みたいな物音聴こえたんだけど、あれって大和の部屋?」
ナギの無邪気な問いかけに、飲みかけの食後のコーヒーを危うく噴き出すところだった。
そうか。このへんの心配もしないといけなかった。瑛一、綺羅、ナギの部屋は寮の二階で、他の四人の部屋はワンフロア上にある。
「あ、ああ、ああそうだ。筋トレしてたら物ひっくり返しまくっちまって……」
「……なんか、挙動不審すぎじゃない?」
ナギは目を眇めると、飲みかけのカフェオレを飲み干す。
「何してたかなんてどうでもいいけど、嘘はもうちょっと上手についた方がいいよ。ごちそうさま」
と、部屋を出て行く。その華奢な背中が見えなくなってしまったのを確認して、綺羅とヴァンが息を吐いた。
「勘はいいけどやっぱり子どもやな」
「は? なにがだよ」
「大和。不埒な行為は……慎むべき。相手が部外者なら、なおさら」
もう一度「は?」と繰り返しそうになったが、その直前で腑に落ちた。綺羅とヴァンにはあれがベッドのきしむ音だったとバレているらしい。そこで行われていたであろう行為についても。しかしナギはうるさいと感じただけでそれ以上のことはわからなかった、というわけだ。
二人に気付かれている以上、相手は余所者だと思われた方が都合がいい。綺羅の忠告を素直に受け止めるふりをして「次から気をつける」と頷いた。
「なぁ、ちょっとやまちゃん」
綺羅がリビングを出て行き、二人きりになるとヴァンが肩に腕を回して顔を近付ける。
「昨日の晩のことやけど、あれ、えーじちゃんやろ」
「はっ!?」
嘘をつくのは――というか、もっともらしい嘘を考えるのが苦手だ。だから大和は「ちげぇよ」と言い返すしかできなかった。
「隣の部屋やし聴こえるって」
「いや、だからそれは」
「いつから付き合うてたんや? ん? なんで言うてくれんかったん? 照れんでもええやん?」
隣の男はいつも通り朗らかに笑う。そうか、付き合ってることにすればいいのか。でもそうしたら今後大変じゃないか? じゃあどうする? 酔って手を出しましたと白状するのか? 思案しているうちに自分の顔が引きつっていくのがわかった。難しいことを考え過ぎてパンクしそうだ。
「……あの、もしかしてやけど、合意の上ではない……?」
わざと化け物でも見るようなおっかない顔をしてヴァンが首を傾げた。違う。いや、違わないのか? 瑛二は大和のことが好きだというだけで、昨晩の行為に同意したわけではない。
「そうじゃねぇ、とは……言い切れねぇ……」
「なんやそれ。今えーじちゃんどうしてるん? おまえホンマに襲っ……」
「襲ってねぇよ! なんつーか、ややこしいというかややこしくないというか、だから……おれは男が好きなわけじゃなくて、でもあいつはおれのことが好きで……おれは昨日、酔ったいきおいで、その……」
「やっぱり襲ってるやん」
ヴァンが深いため息をつく。あまり減っていないブラックコーヒーの水面がかすかに揺れた。
「ほんで、えーじちゃんは」
「やめろって言わなかった自分が悪いっつーから、それはねぇだろっつって、めちゃくちゃ謝って、今は一人にしてくれだと」
「ホンマに誠心誠意謝ったか? かわいそうに。怖かったやろなぁ、好きとはいえこんな筋肉馬鹿に襲われて」
こっちが真っ当な反応だよな、と大和は心底思った。なんであいつはあんなに自分に自信がない物言いをするんだ。自分から部屋を訪ねておいて、気持ち悪いと思うわけがない。
もしかして部屋でまた一人めそめそ泣いているのかもしれない。大和はすっと立ち上がり「もう一回謝る」とヴァンに言い残してリビングを出た。
おまえは『やられた側』なのに、『断れなかった悪いやつ』になろうとするのはどうしてなんだ。理解できない。部屋の扉をノックする。昨日もこんな風に、なんでもない感じを装ってこの部屋に来た。
「ちょうど俺も大和のところに行こうと思ってたんだ」
妙にすっきりした顔をして、扉を開けた瑛二は微笑んだ。ちゃんと服を着ている。
「おれ……」
「大和、俺、お願いがあるんだ」
人の話に瑛二が割り込むのを初めて見た。今言葉にしないと消えてしまうとでもいうのか、瑛二は早口で「お願いがある」と言うとそこで言葉を区切った。
「なんでもするって言ったよね、さっき」
「お、おう」
「じゃあ俺と付き合ってください」
◆
まさかこんなことになるとは思わなかった。
瑛二がいくら大和のことを好きでも、一生ただの片想いで終わるだろうと。同性愛者じゃない男に恋をするとはそういうことだ。恋愛対象として見てもらうことはまず無理だし、それ以前に、気持ち悪いと突き放される可能性だってある。
――俺たち、今一応『恋人』なんだ。
改めて自分たちの関係を定義すると、ぶわっと顔が赤くなるのが自分でもわかる。
舞い上がってはいけない。大和は別に瑛二のことが好きなわけじゃなくて、「なんでもする」なんて言ってしまったから、瑛二と付き合わざるを得なくなってしまっただけだ。わかっているけど――でも、瑛二の告白に驚きながら「いいぜ」と言ってくれたあの声色が忘れられない。
大和の部屋のドアをノックする。入れよと促され、ドアノブを押した。その動作一つ一つに、妙に緊張してしまう。
「座れよ」
大和が腰掛けているベッドの隣に腰を下ろす。人ひとり分くらい空いた距離を大和が詰めた。
「なに緊張してんだよ」
「わかる?」
「泣きそうな目してる」
と、大和の親指が下まぶたのあたりをそっと擦った。それだけで身体のもっと奥に触れられたみたいに感じてしまう。もっと触って、と肝心な言葉が恥ずかしくて口に出せない。
じゃあ寝るか、と大和の言葉に一瞬期待したけれど、どうやら本当の睡眠の意味の「寝る」らしい。枕を二つ並べて一台のベッドに寝転がる。大和の部屋のベッドは瑛二の部屋のものよりも大きかった。電気を消す前、大和にじっと見つめられていることに気が付いた。大きな瞳がとてもかわいい。身長や体格に似合わないちょっと幼さを残した顔つきのアンバランスさが瑛二は好きだった。
「あ、あの」
沈黙と刺すような視線に耐えられず口を開く。大和がベッドに横になって俺のことを見つめている、という事実だけで寿命が数年延びたのではないかと思った。それくらいありえないことだと思っていた。
「これから一ヶ月、よろしくお願いします」
「なんだよ、改まって」
「最初に言ってなかったから」
「ばか真面目だな、おまえ」
瑛二はばか真面目な臆病者だから、付き合ってと言った直後に「一ヶ月でいいから」とお願いのハードルを自らぐんと下げてしまった。大和が承諾してくれたのはきっと期限付きだからだ。そして瑛二も、一ヶ月なら断られないだろうと自分を守るために期限を付けた。
たったの一ヶ月しかないのだからしたいことは伝えるべきとはわかっているが、こうして一緒に眠れるだけで十分な気もする。目を閉じた大和の横顔をじっと眺める。これだけでものすごく嬉しい。触れなくても触ってもらえなくても、好きな人がずっと自分の視界に入っているというのはまた格別だった。
「瑛二」
きゅっと閉じられた唇が動いてどきっとした。
「なにじっと見てんだよ」
「だって……」
好きだから。言えばいいはずなのに言えない。
「ねむれねぇのか」
「……うん」
「じゃあ話でもするか」
「うん」
「なんかおもしれぇ話とかあるか」
「いきなりハードル高いよ。大和は?」
「ねぇな」
仰向けになっていた身体を少し倒し、瑛二の方を向く。口元がちょっと笑っていた。
「質問してもいい?」
大和は目を閉じたまま、でもはっきり「おう」と答えた。
「大和は、初めて付き合ったのっていつ?」
「中二」
「はやっ」
「別にふつうだろ。おまえだって、それくらいのときに女子から告られたりしただろ」
「あー……そういえば、そうだね」
「それで瑛二が付き合おうって言えば付き合ってた。そういうことだ」
「じゃあ大和も女の子から告白されたの?」
「あぁ」
隣のクラスの女子、と大和が目を開ける。無感情で、過去の鮮やかな思い出を振り返っているような様子ではなかった。
「どんな子だった?」
「どんなって……あんまよく覚えてねぇよ。もうだいぶ前の話だ」
瑛二は、と訊かれ、一瞬答えに詰まった。
「俺は……付き合ったり、したことないから」
「男とも?」
「結構難しいんだよ、女の子じゃなくて、男が恋愛対象っていう男と出会うのって」
「ネットとかあるじゃねぇか」
「そこまで積極的じゃなかったから」
でも、と言うと大和は閉じかけていた瞳を再び開いた。
「すごく好きな子がいた。大事な友達で、見た目がすごく好きだったのもあるけど、優しくて」
暑いからといって、夏服のシャツのボタンを多めに外して先生に怒られていたのをなぜか今思い出す。その下に覗く素肌にどきりとした。こんな風に瑛二が彼のことばかり見ていたから、気持ちに気付かれてしまったのだろうけど。
「告らなかったのか」
「告白するつもりなんてなかったし、それ以前に、本人に俺の気持ちがバレちゃったんだ。それで、無理だって言われた。向こうは女の子が好きだったし、彼女がいた時期だってあったし」
「そいつ、優しくなんかねぇだろ」
「優しかったよ」
「優しいやつは友達に無理とか言わねぇよ」
でも、と言いたい気持ちを押しとどめた。初恋の相手は優しい人だった、と美化したい気持ちも瑛二の中にわずかながらにあったのは確かだ。あれはもう色のない思い出だけど、彼のことを好きだと思っていた気持ちは確かで、忘れたくない。
「そいつ、今何してるんだ」
「知らない。高校、別々になったから」
大和はぽつりと、ごめんなと呟いた。
「いやなこと思い出させちまった」
「ううん。俺が自分から話したんだし」
大和が差し出した手を取って、ぎゅっと握った。恋人なら、握手のような握り方を指を絡めた恋人つなぎに変えるべきかもしれない。でも今は、手を握っていていいんだと思えることだけで幸せだった。
「大和は優しいね」
「優しくねぇよ。おれも、そいつも」
「俺にとっては優しいんだよ」
目を閉じる。瑛二が眠りにつく前に、すやすやと大和の寝息が先に聴こえた。
◆
ベッドの中で誰かの体温を隣に感じるのはかなり久しぶりだった。昨日の失態を除いて、だが。
いつもの寝床のはずなのに、自分の場所じゃないような気がしてふと目が覚める。スマホで時間を確認するとまだ真夜中だった。隣には瑛二が眠っている。一ヶ月限りの「恋人」として。
起きるにはまだずいぶん早い時間だが、すぐに二度寝に至れず、瑛二の寝息を聴きながら考え事をした。
気持ち悪くないのかと瑛二は訊いた。その言葉はきっと、瑛二の初恋の人だという男から出たらしい「無理」という言葉に起因するのだろう。男が好きな男だから拒絶された。友達だったらしいのに。
友達だと思っていた同性から想いを寄せられて、無理だと、気持ち悪いと感じる人間もまぁいるだろう。でもそれをはっきり伝えるかどうかは自由じゃない。思いやりだ。相手を少しでも思うのであれば、口に出したらだめだろ――いや、実際その男が瑛二に何と言ったのか、大和は知らないのだからこんなことを考えても仕方がない。
寝返りを打って瑛二の身体が近付く。それを大和は抱き寄せる。弟みたいなものだと思えば――というかついこの間までそう思っていたからこそ――他意のない自然な仕草だった。でもこれが女だったらおれはこんなことしなかった、と思うと、やっぱり自分も瑛二とは一つ線を引いた向こう側にいる気がする。おれは男に恋愛感情を抱かないから、こうして隣で眠るのに特別な意味を感じないのだと。でも瑛二は大和のことが好きだと言う。
一ヶ月、こうしてなぁなぁに過ごせばあとは元通りだ。
でもそれでいいのだろうか。
おれじゃなくて、せめて誰でもいいから男が好きな男に惚れてりゃよかったのに。
形の良い頭を撫でながら、大和は自分の狡猾さにため息をついた。
大和は瑛二を好きじゃないのに、瑛二を傷付けたくないとも思っている。
同時に、瑛二が自分を好きな気持ちを利用して、自分を拒まない相手としてそばにいてほしいとも思っている。
目が覚めると、朝っぱらから瑛二にじっと見つめられていた。
「……はよ」
「おはよう」
「なんだよ。じろじろ見んなよ」
「かわいかったから」
かわいい、という言葉を大和に使うのに、瑛二は少しためらい、勇気を振り絞って声にしたのだとわかった。しかし大和は「かわいくねぇよ」と一蹴する。だって本当にかわいくはない。
「俺今日当番だった。朝ご飯の支度しないと」
「腹へった。下りようぜ」
二人で部屋を出ると、偶然にもシオンと鉢合わせる。シオンだって時々ナギと一緒に寝ているし、メンバー同士そんな日だってあるだろうとほんの数日前の大和でも気に留めないはずだったが、やましいことがあるのですぐに言い訳が口を飛び出す。
「き、筋トレがはかどりすぎて、気づけば朝だったんだよ。な?」
「え……ええっと、うん、そう、筋トレが!」
「同衾に理由など必要であろうか」
「どっ……」
「おい、なんだよ同衾って」
「一緒に寝ること」
「じゃあちがいねぇだろ。そうだなシオン、理由なんていらねぇな」
「HE★VENSの仲間の仲睦まじい様子は天草の心を癒す……。瑛二と大和から春の訪れの気配を感じるぞ」
目を細め慈しむように微笑むと、シオンは自分の部屋に戻る。なんだったんだ。階段を降りながら、瑛二は恥ずかしそうに先ほどの発言を訂正した。
「シオンがどういう意味で言ったのかわかんないけど、同衾って、その……そういうことをするって意味の場合もあるから、一緒の部屋で寝るって意味だけであんまり使わない方がいいと思う」
「じゃあ昨日のほうが同衾度は高かったのか」
「変な言葉」
瑛二が笑った。大和を咎める響きはなく、それに妙に安心する。
これから毎日同衾するんだろう(寝るという意味だけで)と思っていたのに、その晩瑛二は部屋にやって来なかった。レッスンとその後のラーメン、シャワーと歯磨きを済ませ、瑛二がそろそろ床に就く時間なのはわかっていた。でもなぜか部屋に瑛二が来ない。どうしてだ。できる範囲でなるべくきれいに整えたベッドに座り、大和はなぜか自分がやきもきしていることに気付いてわけがわからなくなる。来ないなら来ないでいいだろ。少し大きいとはいえ一人用のベッドで、ここは一人用の部屋だ。すすんで窮屈にする必要はない。
でも付き合ってくれって言ったのはあいつだろ。起きている時間はだいたいヴァンとシオンと一緒だから、付き合っているっぽいことをしたいなら今しかないのに。いいのか? 寝るぞ? おれは寝るぞ?
ばっとシーツを被り天井を仰ぐ。目を開けたまま数分寝転がった。その間にも瑛二が部屋を訪れる気配はない。
なんなんだあいつ――と文句を言いたい気持ちを抱え、瑛二の部屋のドアをノックする。顔を出した瑛二は「どうしたの?」と目を丸くした。
「どうしたのじゃねぇよ」
「えっと……?」
「なんで来ねぇんだよ」
「行くって約束してないし……」
「べつに約束とかいらねぇよ」
「……待っててくれたの?」
「おまえが来ると思ったから」
みるみるうちに瑛二の顔が赤くなり、表情がゆるんでいく。
「俺……もう明日を迎えられないかも」
「なんだそれ」
「嬉しすぎて」
おおげさだと思ったが、瑛二はずっと信じられないといった様子で、二人並んだベッドの上でもずっと身体を固くさせていた。昨日より狭いベッドだから、その緊張が手に取るようにわかる。ふいと背を向けられ、細い身体を抱き寄せた。
「あの、ほほほ、本当に、寝られなくなっちゃうから……」
「慣れろ」
「慣れないよ!」
「力ぬけって」
「だって」
「だってなんだよ」
「慣れてないんだもん、大和みたいに」
「おれだって別に慣れてねぇし」
セックスは嫌いじゃないが、それ以外のただ一緒に寝るとか密着するだけとか、据え膳でイチャイチャするだけみたいなのは嫌いだ。普通にやらせろよと思う。だからこの状況が自分でも飲み込めなかった。瑛二とセックスするつもりはない。でも部屋に来なかったらなんでだよと思う。それこそなんでだよ。来ないなら来ないでいいじゃねぇか。
ほぼ羽交い締めのように巻き付けていた手を少しずらすと、寝間着の上から左胸のあたりに指がこすれる。それにすらぴくりと反応を見せる瑛二は子どもみたいだ。心音を確かめるように手を当てると、思いの外鼓動が速くて笑ってしまう。
「たしかにこれじゃ寝れねぇな」
「だからそう言ってるのに」
「べつに取って食ったりしねぇよ」
どっどっどっと水が流れるように勢いがいい心音はなぜか心地よかった。
「俺は……食べられたいのに」
首筋にあたる大和の髪をくすぐったがって身をよじりながら瑛二が言った。聴こえていたけど聴こえていないふりをする。
わからない。
おれはこいつを取って食ってしまいたいのか、わからない。
◆
いつまでも心臓が爆速で打ち続けるものだから、本当にこのまま収まらないんじゃ……と不安になった頃、ようやく心身共に落ち着いてきた。瑛二を後ろから抱きしめ、肩口に顔を埋めた大和の髪が首筋や耳に当たってくすぐったい。これに慣れるにも相当な時間を要して、やっぱりしばらく心音が速いのが止まらなかった。それに加えて寝息が耳に直接流れ込んでくる。
このまま抱いてほしい、と言えばいいはずなのに言えない。それはできないと拒まれるのが怖かった。
二日目にして、大和と恋人みたいな距離感で過ごせる日々は瑛二にとって刺激が強すぎた。毎日一緒に寝たら、一ヶ月が終わった日の虚無感がすごそうで考えたくもない。だから一定の距離をおいたり、二人で過ごすのは一日おきにするべきか考えたかったのに、なぜか大和は部屋を訪れた。一ヶ月限定恋人のサービスの一環みたいなものか。なんにせよ心臓がもたない。大和が俺と寝るために部屋に来てくれたと思うだけで軽いパニックを起こしてしまう。絶対に起こらない奇跡が一気に叶いすぎている。
それもこれも、あの日、大和がお酒を飲んだからだ。
きっかけはわかっている。お酒に酔っ払わなければ、大和が瑛二に手出しすることなんてありえなかった。つまり逆説的に、大和は酔っ払ったらまたあんな風に瑛二を求めてくれるのだろうか。ただその方法が思いつかない。未成年だから瑛二がお酒を買うわけにはいかないし、そういうお店に大和を誘うのも不自然だ。あの日はたまたま兄さんに連れられて会食に行って飲まされただけだから、同じ機会を狙うのも相当難しい。一つだけ手段があるにはあるけれど、上手に噓をつけるだろうか。
んん、と大和の寝言が耳を刺激する。またばくばくと鼓動がうるさくなる。この時がずっと続けばいいのにと幼い子どものように願いながら、どうにかお酒を調達するための方便を考えて目を閉じる。
結論から言うと、作戦は大失敗だった。
最初から無理があったのだ。でももうこれしかないと思って強行してしまった。
代わりにお酒を買ってほしいと頼み込むと、ヴァンはうーんと困ったように額に手を当て、それから楽しそうに笑って瑛二の事情を詮索し始める。
「どんなお酒がええの?」
「えっと、その、強そうじゃないけど実は強い、みたいな……」
「まるで誰かを騙そうとしてるみたいやなぁ。未成年やのに――いや、未成年じゃなくてもそんなんあかんけど……誰に飲ませるのん?」
「誰……とかは、なくて……」
「えーじちゃん、全部吐いて楽になり」
全部吐けという割に、ヴァンは瑛二の事情が全てわかっているみたいだった。そんなに顔に出ているだろうか。ヴァンの部屋のラグの上で足を少し崩して、瑛二は膝に置いていた両手をローテーブルに乗せた。
「……大和に、飲ませようとしました」
「なんで敬語なん。あと、相手がやまちゃんなのはわかっとぉよ」
「じゃあ何が訊きたいの?」
「酒なんて飲ましてどうしたいん?」
答えなくても、ヴァンは本当はわかっているんじゃないかと思った。大和にもう一度手を出してほしいからとは言えず、押し黙っていると顔を覗き込まれる。
「またあの日みたいになったらええなって思って?」
「知ってるの?」
「えーじちゃんの声聴こえててん。部屋隣やし」
「そうだったんだ……」
自分がどんな声を出していたかよく思い出せない。でも、決して聴いて楽しいものではなかったはずだ。改めて謝ると、ヴァンはええよええよと笑った。
「素直にしたいって言ったら?」
それができないから他の方法を考えてるのに、とヴァンに弱音を吐いても仕方がない。本当は、大和を酔わせて抱かれたいなんてそんなこと、うまくいくはずがないこともわかっている。
とりあえず未成年がお酒に頼るなとごもっともな助言をもらい、ヴァンの部屋を出た。ドアノブを下げて静かに扉を閉め、踵を返すと階段を上ってきた大和と鉢合わせる。
ヴァンのアドバイスを思い出す。素直にしたいって言ったら――大和はしてくれるだろうか。それをねだる浅ましい自分の姿を想像するだけで恥ずかしくなってしまう。顔が赤らんでいくのがわかるのに、一度大和と目が合うと視線がそらせない。逃げるように部屋に戻ると力が抜けてしまい、ドアに背をつけてフローリングに座り込んだ。
想像してみる。
抱いてほしいと懇願する自分の姿を。
なんて言葉にすればいいんだろう。自分の部屋か大和の部屋、どっちがいい? 準備はちゃんとしておくべきだろうか。でも断られるかもしれない。そのときはちゃんと傷付いていない顔をしていられるだろうか。無理かもしれない。妄想の中でさえ断られることを考えてしまうネガティブさが情けない。
部屋の扉をノックされて、びくりと背を離す。
「瑛二」
名前を呼ぶ声一つでちょっと心音が速くなってしまうのに、果たして抱いてほしいなんて言えるのだろうか。
「部屋、こねぇのか」
音量を絞るために声が少し低くなる。掠れてくぐもったような声も好きだ。
「今日は、一人で寝る」
「……そうかよ」
大和のがさつな足音が聴こえる。扉にぴったりくっついていると外の音がよく聴こえる。部屋の扉が開いて、閉まる音。大和は自分の部屋に戻ったらしい。
正直、身が持たない。これは瑛二が望んだことなのに、このまま毎晩隣で眠る夜が続けば寝不足になってしまいそうだ。ここまで律儀に恋人らしいことを大和がしてくれるとは思っていなかった。そんなに罪悪感があるんだろうか。もういいのに――と言って、大和がこんな風に気にかけてくれなくなったらと思うと、それもいやなのだった。
◆
部屋の扉を乱暴に閉め、大和は飛び込むようにベッドに仰向けになった。
なんでこんなにイライラするんだ。
なんだかんだ誘えば瑛二はのこのこ部屋にやって来ると勝手に思っていた。一人で寝たいなんて言うと思っていなかった。瑛二はまだ子どもで変なところで照れ屋だから、おれが誘ってやらないとだめなのだと、調子に乗った誤解をしていた。普通に断られるのかよ。
別にいいだろ――と自分自身に言い聞かせる。一日一緒に寝ないくらい。別に毎晩一緒に寝ようと約束したわけでもあるまいし。
ただ、ヴァンの部屋にいたことが気になる。何か妙なことでも吹き込まれたんじゃないだろうか。瑛二が大和を好きだからといって、瑛二は大和のものじゃない。誰の部屋に行こうと、誰と話そうと瑛二の自由だ。わかっている。なのにイライラする。
最近の自分はちょっとおかしい。これじゃ、本気であいつのことが好きみたいじゃねぇか。
「ほんで? その後どうなってんの?」
馴染みのラーメン屋のカウンター席に腰を下ろし、ヴァンは二人分のお冷を注ぎながら訊いた。なんの話だよとしらばっくれると軽く小突かれる。
「そんなんわかっとるやろ」
「おまえこそわかってんじゃねぇの。こないだあいつ、おまえの部屋いただろ」
「大事なとこ聞いてないから」
「大事なとこって――」
お待たせしました、と溌溂とした明るい声と丼が二人の目の前に割り込んでくる。アルバイトを雇ったのか、いつもの大将ではなく高校生くらいの青年が厨房からではなく、わざわざ後ろから鉢を差し出した。それと餃子が二人前。箸を割りながら話を続ける。
「あいつから付き合ってくれって言われて、そんで付き合ってる」
「好きやないって言うてたのに?」
「もうわかんねぇんだよ」
投げやり気味に答えて、タレを付けた餃子を口に運ぶ。
「おれ、あいつのこと好きなのかもしんねぇ」
「じゃあええやん。両想いっちゅうことで」
そういう甘酸っぱい響きは似つかわしくない。でもヴァンの言う通り、互いに好きならそれでいいのだ。気持ちを素直に認めてしまえば、あいつのことを好きかもしれないと悶々とする必要もない。
「それとも、男同士やから気にしてんの?」
ヴァンが声を潜める。
「それはあんまりねえな。あいつがすげぇ気にしてるから、おれは気にしねぇって思ってるだけかもしんねぇけど」
「やさしー」
「うるせぇよ」
いびつに割れた箸で煮卵を崩す。
そうか。ヴァンの言う通り両想いなのであれば、細かいことをいちいち気にする必要はないのか。
瑛二はおれのことが好きで、俺は瑛二のことが好きだ、と再認識させるよう自らに問いかける。好きだと意識するとその気持ちはさらに強くなる気がするから不思議だ。
その夜も瑛二が部屋を訪ねてくることはなかった。
でも今日は晴れやかな気持ちだった。瑛二が部屋に来なくてイラつくのは瑛二のことが好きだからだと思うと、妙な照れ臭さはあるが理路整然としていてわかりやすい。無駄にぐるぐる迷うことなく大和は瑛二の部屋に向かった。面と向かって誘うと、瑛二を自分の部屋に連れてくるのは容易だった。
「俺の部屋じゃだめだった?」
ベッドに浅く腰掛けた瑛二が首を傾げる。
「だめじゃねーけど……おれのベッドの方がでかいだろ。あと、いろいろ用意とかあるし」
「用意って……?」
隣に座る。手を取ると瑛二はわかりやすくうろたえて、口を何度かぱくぱくとさせた。
上手な誘い方なんてもう忘れてしまった。
紫の瞳をじっと見つめ、ほんの一瞬唇を触れ合わせる。
「いいか?」
意図を理解したらしい瑛二が俯き、不覚にもかわいいと思ってしまった。
「……うん」
互いに服を脱ぎながら、瑛二が「本当にいいの?」と訊いた。そんなの今さらだ。別に一度セックスしたくらいじゃ何も変わらない――と思うのは淡白すぎるだろうか。あぁそうか、瑛二は初めてなのか、と思い至ると、逆に大和の方が心配になってしまう。
「むしろ瑛二は、初めてがおれでいいのか」
「俺は……すごく嬉しい」
「……そうみてぇだな」
下腹部でみなぎる昂ぶりに目をやると、瑛二は恥ずかしそうに両手でそこを隠そうとする。
「違う、これは……」
ばつの悪そうな瑛二の視線が注がれた大和の性器はというと、平常時を保っていた。二人で裸になったくらいじゃ身体はちっとも反応しない。
「ごめん、俺ばっかり」
「なんで謝んだよ」
手首を掴んで両手をはがし、膨らんだ性器を観察するように見つめる。同じ身体の構造をした相手とセックスするのだと思うと、嫌悪感より好奇心が遥かに勝った。同じ男だから、どうされると気持ち良いのかをよく知っている。
「大和、あんまり見ないで」
振り絞るような涙声を無視して性器を握る。手の中で瑛二の興奮が高まっていくのがよくわかる。軽く扱くと瑛二の手が大和の手の甲を掴んだ。
「なんだよ」
「すぐ出ちゃうから……」
「出すためにやってんだろ」
「大和はまだ、全然なのに……俺だけ……」
「自分のことだけ考えてろよ」
目的をもってこすってやる。瑛二の性欲を示してあふれ出した先走りが淫猥な音をたてて、大和はかすかに笑った。欲しがりすぎだろ。求められているのが自分だと思うと悪い気はしない。
「あ……っ、や――あ……っ」
閉じようとする膝を無理やり開かせるとよりそこを見せつける格好になって、瑛二の顔はさらに赤くなる。
「あ、あ、あぁ……っ」
大和の手に任せたまま瑛二が少し腰を浮かせて射精する。細い身体をベッドに仰向けに寝かせ、その上に覆い被さった。
男同士の経験はないが、どこで何をするのかは大体わかっている。そのために準備したローションを取り出し、手のひらに受け止めた。作業のように粛々と段取りを進める大和を見上げる瑛二の性器はまたうそみたいに兆し始める。
「なにに興奮してんだよ」
「だって、初めてだから……」
「おまえ、エロくねぇみたいな顔しといてめちゃくちゃエロいな」
「そんなの……わかんない」
足を開かせ、膝裏をすくって持ち上げる。ぱたぱた揺れそうになる両足を瑛二自身に持たせるとそこを見せつける格好になった。ローションをまとった中指をそっと押し当てる。
「ぁ、あ――」
「痛いか?」
「大丈夫……」
受け入れるためにできていない器官の、侵入物を押し戻そうとする動きに抗いながら指を挿し込む。異物感に瑛二は眉根を寄せて鼻にかかったくぐもった声を漏らす。とてもじゃないがここにこれ以上入るとは思えない。ほんとにここですんのか、とひとりごとを漏らすと、瑛二が小さく頷いた。
「瑛二、おまえもしかしてやったことあんのか」
「したことはない……けど、その……そういう動画とか、見たことある……」
「じゃあ、次はどうすんだ?」
「もうちょっと慣らさないと、入らないから……」
「おまえ体平気なのか」
「うん、平気。もっと……していいよ」
両足をひらいてねだる体勢で、瑛二が大和を見上げる。嗜虐心をそそられ心臓が跳ねた。瑛二がいいって言うなら、いいよな?
