ヘルメット片手に事務室へ向かうと、待ってましたとばかりに林檎が駆け寄ってくる。
「ねえ龍也聞いた? レイジング鳳の息子がデビュー間近ってウワサ!」
「ああ……鳳瑛一だろ。デビューも何も、深夜番組とか出てたし、雑誌のモデルで結構露出はあっただろ」
「でもアイドルデビューよ、アイドルデビュー! やっと! って感じじゃない~?」
「そりゃあの社長の息子ならアイドルデビューするだろ」
「龍也ってばクールでつまんない」
「むしろ今更騒ぐほどのことか?」
デスクに積み重なった郵便物を適当に仕分けし、PCの電源を入れる。先に確認しなければならないものにさっとペーパーナイフを通した。何がそんなに気になるのか、林檎は龍也のデスクに寄りかかりながら続ける。
「あと、これは超極秘だけど、ソロデビューじゃないらしいわよ」
「……お前、そんな情報どこから仕入れてんだ?」
「シャイニー周りの信頼できる情報源よん。シャイニー自身はレイジング鳳にあんまり関心ないみたいだけど、あっちがバチバチ敵対心燃やしてきてるじゃない~? だからアタシは気になっちゃうのよねえ」
「ST☆RISHに対抗するのが狙いか」
「さぁ、そうなんじゃない? てことは、きっと六人グループよね。レイジング鳳って、その辺徹底的に揃えてきそうだし。ウチもそうだけど、あの事務所からグループでデビューなんて珍しいわよね」
レイジングエンターテインメントのサイトにアクセスする。他事務所のリサーチは仕事の一つでもあるから、どのページにどんな情報が載っているかは大体把握済みだ。鳳瑛一は所属タレント一覧の下の方に掲載されている。音楽仕事は皆無で、専属契約している雑誌のモデルや深夜帯に放送されるドラマで俳優業の経験を積んでいるようだ。二世の活動としてはまだまだ地味だ。
さらにスクロールしていくと、事務所の準所属タレント一覧のページもある。タレントの顔や名前には詳しいと自負しているが、さすがにここまで来ると知った顔はない。
「……ん?」
「なぁに、どうしたの」
林檎が画面を覗き込む。
「レイジング鳳の息子って一人じゃなかったのか」
「あらほんと。弟くんかしら?」
丸みを帯びた髪形の、中高生くらいの少年の写真がある。父親とも兄ともあまり似ていないが、珍しい名字に兄弟で揃えたかのような名前。もちろん血縁関係者だろう。息子なのに準所属とは意外だった。鳳瑛一は準所属期間などなく、気が付けば所属タレント一覧にしれっと混ざっていたはずだ。
「最初はモデルだったかしら、鳳瑛一が出始めた頃って、もうちょっと騒がれてたのにね」
「そうだな。こいつの……鳳瑛二の存在は俺も全く知らなかった」
さらにマウスのホイールを回していく。準所属のタレントは多く、多少の増減は龍也にも分からない。しかし見知った顔を見落とすわけがなかった。鮮やかな緑がかった金髪を一度通り過ぎた後、もう一度、その男の顔写真に戻る。
「……あら」
やる気あんのかとケツを叩いてやりたくなるほどの仏頂面。だが不貞腐れたような表情のおかげで幼さの残る顔立ちが中和されている気もした。男の顔写真の下には、ダークグレーの細い文字で「日向大和」とある。
「四人兄弟だっけ。何番目の弟?」
「うちの次男だよ」
「ああ、そうか。しりとりになってるんだっけ、龍也の兄弟」
龍也→大和→冬馬→誠人、とそれぞれの名前がしりとりで繋がっている。林檎に話した記憶はないが長い付き合いだ。雑談の中で喋ったことがあるんだろう。
「かわいいじゃない。何個下?」
「五個下。今、二十一だな」
「へえ……でも驚いたわ。龍也の兄弟で自ら芸能人になろうって子がいるなんて。あんただってシャイニーに負けたからここにいるワケだし」
「……俺の後追ってんだよ、こいつは」
ブラウザを閉じる。林檎は応接用のソファに腰掛け、ふぅんと冗長な相槌を打った。
「じゃあウチに入れば良かったのに」
――そういうわけにはいかねえんだろうな、こいつは。
返事はしなかった。一通り話して満足した林檎はしばらくすると部屋を出て行く。
高校卒業して、大学も行かず大して働くわけでもなくフラフラして――と、いつだったか、母親と電話したときに話していたのを思い出す。実家の神社を継がせる選択肢が残っているからか、特に深刻な口調ではなかった。その大和が、俺と同じリングに上がろうとしている。お前はいつまで俺を追いかけるつもりなんだと呆れる気持ちと、まともに自分の意思で動いていることへの安堵と、両方がこみ上げた。どうしようもない弟でも、やはり血を分けた家族だ。
――ソロデビューじゃないらしいわよ。
林檎の言葉が、やけに鮮明に蘇る。
「……まさかな」
