「納得できないんだけど」
沈黙をはじめに破ったのはナギだった。不満を顔いっぱいに浮かべ、頬杖をつきながら指で机を小刻みに叩く。
六人が揃って半月ほどが経過したその日、瑛一に集められ、告げられたのは瑛一・綺羅・ナギ、三人でのグループデビューだった。社長の命で、と聞くと反発するわけにはいかない――というか、反発しても無駄だと分かっている。だからナギだけが声をあげた。
「社長は六人にこだわってたんじゃないの?」
「六人でなくなるわけではない。三人も追って加入する」
瑛一はいたって冷静だった。
「分ける意味がわかんないんだって。ねえ大和は? ヴァンは? なんで黙ってるの?」
ナギは加勢してくれそうな二人に視線を注ぐ。そのいじらしい姿を、綺羅は黙って見ていた。思うことはあるが、すぐに言語化できない。綺羅の隣に座った瑛二も、顔色こそ悪いものの成り行きを静かに見守っていた。
「おれだってすぐデビューしてぇよ」
「でしょ? じゃあ……」
「でも力が足りてねぇのはわかってる。しかたねぇだろ」
「そんなの……ナギだって、社長が言ってるならもうどうにもできないことくらいわかってるよ。でも、でも……」
ナギちゃん、とヴァンが低い声で名前を呼ぶ。
「ずっとわかってたで。まだここに来てあんまり経ってへんけど、レッスンの曲は三人用ばっかりやったし、実際にワイら三人は実力不足や。でもすぐに追いついたる」
大和がナギの頭を軽く叩き、そのまま撫で回す。いつもなら髪が乱れると怒るところだが、小さな背中はさらに縮こまって小刻みに震えた。泣かせちまった、と大和に茶化され、やっと顔を上げる。
「泣いてないし!」
「六人じゃないの、泣くほど寂しいんか? かわええなぁ」
「泣いてないってば! あと、寂しいとかじゃなくって!」
「俺は寂しいよ、ナギ」
ナギと対角線の位置に座った瑛二が微笑む。
「でも頑張るから、待っててね」
「……うん」
こういうとき、綺羅は何も言えない自分が嫌になる。気の利いた言葉はおろか、自分の気持ちをすぐに言葉にするのも苦手だった。
メンバーたちは口下手な綺羅を理解し、話そうとすれば言葉を待ってくれるし、綺羅の意見が必要な場面では促してくれる。その優しさに甘えていていいのだろうか。
瑛一に目配せされ、綺羅は頷いた。特に瑛一は、言葉にせずとも綺羅の気持ちを汲んでくれる。
六人で過ごしていると、個々のやり取りが何層にも重なり合って面白い。でも自分はどんどん薄まっていくような感覚にもなる。ただ卑屈になっているだけだと分かっていても、やはりここでどんな言葉を声にすればいいか分からない。そんな自分が情けない。
目まぐるしく時は過ぎていった。
レイジング鳳が全面的にプロデュースし、リーダーがその息子だと公にされると、グループ――HE★VENSデビューの話題は各メディアで大きく取り上げられた。
デビュー前にはレコーディング、何千回シャッターを切られたか分からない写真撮影(何に使われたのかもよく分からない)、雑誌の取材等で忙殺され、デビューしてからもやれ撮影だ収録だ取材だ生放送だ生配信だラジオのゲストだ――とにかく詰め込まれたスケジュールをこなすので精一杯だった。デビューの翌月にはすでに東名阪でのライブが決定しており、そのためのレッスンも欠かせない。
インタビューや取材の類は瑛一に集中し、三人で出演するテレビ番組でも、綺羅は無理に喋らずありのままを見せる方針に決まっていた。無口で外見にも親しみやすさがないからか、いつしかファンが『綺羅様』という呼称を使い、カリスマ扱いされていることには驚いた。瑛一がそれでいいと言うからいいのだろう。ちなみにナギは『キューティナギ』なんて呼ばれているらしい。
自分らしさを肯定されているおかげか、精神面は非常に安定していた。しかし詰め込まれたスケジュールは殺人的で身体にどっと疲れが溜まる。
二十二時にバラエティ番組の生放送を終え(ナギはずいぶん前に先に帰された)、マネージャーと打ち合わせのあと、まだ別の仕事がある瑛一と別れテレビ局の廊下を歩く。各局に何度も出入りしていても、同じ風景が永遠に続くのではと錯覚するようなテレビ局の作りには慣れなかった。
エレベーターホールに向かう道中、廊下の突き当たりから見覚えのある影が一つこちらに歩いてくる。これまでに共演経験はないがすぐ分かる――日向龍也だ。
――どうする?
咄嗟に自問する。相手はシャイニング事務所の人間で、芸歴はあちらが上で、でも初対面だ。おそらく顔と名前くらいは知られているだろう。とりあえず、お疲れ様ですと頭を下げようと心に決めたとき、日向龍也の方から「レイジング鳳んとこの……」と声をかけてきた。
「皇……綺羅、です」
「ああ、寡黙なカリスマの皇な」
自分が意識していない評価を受けるとどう答えて良いか困ってしまう。無視は失礼だと分かっていながら言葉を選べずいると、日向龍也は人が好い笑顔を覗かせた。
「無口って、キャラじゃねえのか。悪い、知らねえ奴としゃべんの苦手か?」
「いえ……。ただ、どう答えるべきか……迷った、だけ……」
「そうか。なら良かった」
これが大和の兄か、と改めて日向龍也を見つめる。百九十センチあるらしい身長はもちろん、鎧のように身体に貼り付いた筋肉は間近で見ると凄味が違った。スーツの上からでもその存在感をありありと感じさせる。
「ん、なんだ? こいつが大和の兄貴か……ってか?」
「え」
思わぬ反応に、つい声が漏れた。
「え、なんだお前、マジで大和と知り合いか? 今を時めくHE★VENSメンバーと繋がってるとか、あいつもなかなかやるな」
大和が事務所に入ったのはサイトを見て知った、と日向龍也は語った。
危なかった。動揺が顔や声に表れるところだった。大和がHE★VENSの追加メンバーであることはもちろんオフレコだ。返す言葉を探していると、またも日向龍也が間を繋いでくれる。
「ま、あいつはめちゃくちゃだが悪い奴じゃねーから、よろしく頼むな」
「……はい」
大和はめちゃくちゃなのだろうか。確かに、力が有り余ってドアを壊したり、開けようとしてカーテンを引きちぎったり、食事中の会話に熱がこもって箸を折ったり、規格外の破壊神ぶりではあるが。『めちゃくちゃ』という表現を訂正するための一言も難しく、つい肯定してしまった。
「じゃあ、何かの機会にまた会うだろうが、そんときはよろしくな」
片手を挙げて日向龍也は楽屋へ去っていった。肩から背中、腰にかけてのラインが大和と似ている。返事をしそびれたことに気が付き「はい」と虚空に放ったが、もちろん誰にも聴こえない。
帰寮する頃には日付が変わっていた。部屋に戻る前にリビングを覗くと、ナギが台本を読んでいる。
「あ、おかえりー」
「まだ……起きていたのか」
「うん。ナギももっと仕事したいよー。瑛一は?」
「別番組の……打ち合わせ」
「体力すごいね。いつ寝てるんだろ」
台本を膝に置いて伸びをする。稼働時間に制約のあるナギのみならず、綺羅と比べても瑛一の仕事量は抜きん出ている。今が勝負時だと理解していても心配になるレベルだ。体力自慢なタイプではないが、相当タフらしい。
「……日向龍也に……会った」
体力の話題で思い出し名前を出すと、ナギは「へー」と驚いてみせる。
「共演したの?」
「たまたま……挨拶、した。大和が……うちの事務所にいると……知っていた」
「サイトに写真と名前載ってるもんね。さすがシャイニング事務所取締役、目敏いじゃん」
取締役の他に、早乙女学園の教師も兼任しているらしい。加えて自身も相当な売れっ子タレント。何足のわらじを履きこなしているのか分からない。
「日向龍也も昔は歌やってたんだっけ?」
「そう……聞いている」
「大和がHE★VENSのメンバーだって知ったら驚くだろうね」
日向龍也は早乙女学園の一期生で、過去には武道館でのソロライブも経験している。数年前にパートナーの作曲家が他界し、それ以来歌は封印していると瑛一から聞いたことがある。その事情を、ナギにはわざわざ話さなかった。
ナギはシャイニング事務所のサイトにアクセスし、日向龍也のプロフィールを眺めている。
「兄弟でアイドルかー」
何気なく呟いたあと、はたと気付く。
「でも瑛一と瑛二もそうだもんね。ナギは一人っ子だから、きょうだいと一緒にアイドルする感覚、よくわかんないけど……そういえば、綺羅ってきょうだいはいるんだっけ」
「姉が……一人」
「そうなんだ。初めて聞いたかも。え、アイドルじゃないよね?」
「違う」
「やっぱり二人ともアイドルってレアだよね~」
姉について他に訊かれず、それ以上実家について思い出す必要はなかった。
ナギの隣に腰を下ろす。ナギはST☆RISHのサイトにアクセスしていた。きらびやかな流れ星が画面右上から左下へと流れ、メンバーの写真が浮かび上がる。ポップな王道路線。紺一色でまとめられたHE★VENSのサイトとは対照的といっていいほど方針が違う。
「ST☆RISH、早く会いたいなぁ……」
とん、とナギが画面をタップする。ST☆RISHのライブ情報ページへと切り替わった。再びトップページへと戻ると恍惚として瞳をぎらつかせ、ナギは六人の顔をじっくり舐めるように見つめた。ナギは元々好戦的な性格だが、デビューしてからさらに顕著になった気がする。そういう気配が色濃くなったのは決してナギだけではなく、瑛一も同じだった。ST☆RISHに固執しているのは当然レイジング鳳も同様で、何かに執着するときのこの親子は似ているかもしれないと綺羅は思った。本人には絶対言わないけれど。
ふとナギが視線を上げ、それに気付いた綺羅もナギを見た。
「綺羅、疲れてるね」
「……そう……だろうか」
「うん」
「ナギは……常に元気」
「二人と比べたら仕事少ないからね。夜はダメだし、朝昼も一応学業優先だし」
瑛一の勧めで上京したときから融通の利く小学校に通っているものの、義務教育中はなるべく学校に通えるようにスケジュールが組まれている。だからこそ疲労が溜まりそうな気もするが、ナギはかえって日々艶を増していきいきしているように見える。
「何より、アイドル楽しいんだもん。みんながナギのことを見てくれて、かわいい~って言ってくれるのって最高でしょ~?」
「……天職……だな」
「まあね~。でもやっぱり、疲れるは疲れるよ。でも今日、足痛い~って言ってたらヴァンがマッサージしてくれたんだ。あ、もちろんナギもお返しに揉んであげたからね?」
綺羅にもしてあげよっか、と瞳を覗き込まれたと思うと、ナギの動きが止まる。
「……どうした」
「綺羅っておしゃべりじゃないけど、目見たらわかるんだよね。何か考えてるな~とか、今ナギに同意してくれてるな~とか」
「今は……何を……考えていると思う?」
「今はなんにも考えられなくて、とにかく眠いって思ってる?」
「そうかも……しれない」
明るい声でナギが笑い出す。じゃあ今日はさっさと寝ようよ、と立ち上がった。
「ナギ」
部屋に向かおうとする背中を呼び止める。
「ん?」
「……ありがとう」
「え、なにが?」
困惑するナギに押し付けるようなおやすみを言うと、首を傾げながら「うん」と答えた。
何に対する感謝なのか、綺羅にもいまいち分からない。ただ、無口な自分を理解しようとしてくれる姿勢が嬉しかった。感情に言葉が追いつかなくても、他の方法で分かろうとしてくれる。
シャワーを浴びて、部屋に戻ったらすぐに眠りたい。
縁側風になっている通路から空を見上げる。満月の夜だった。
