やまえじの「エヴリィBuddy!」パロ小説です。
※書きかけです
※そのうち本にする予定
※今後大幅に書き換え予定
※全く構成してません 瑛二→大和の呼び名がブレてる部分があるし誤字脱字の可能性があります
※いろいろ説明端折ってるのでパロ元聞いてないとわけわからん部分があると思います 本にするときは説明つけます
――あー……暑い。
目がやられそうな夏の日差しが降り注いでいる。顔面に乗せた新聞紙をも通して届きそうな光の痛々しさ、むせ返るほどの熱気。かがやき署の屋上は広いが物がないから日陰はできない。ごろりと寝返りをうつと今度は肩が触れたコンクリートが熱い。下から直火で、上から間接的に熱を与えられて焦がされている気分だ。
エレベーターホールのドアが開く音がした。でも彼――日向ヤマトは気にしない。
「こら、いつまで寝てんねん」
ゆらりと真上に影ができた。それから被っていた新聞紙を取り上げられ、スパンと小気味よい音をたてて頭をはたかれる。
「いてぇな」
「勤務時間中やろ。あとここ暑すぎひん?」
男はヤマトが日除けに使っていた新聞紙を丁寧に畳みながら傍らに腰を下ろした。桐生院ヴァン。ヤマトの三年先輩で、同じかがやき警察署・交通課に勤務している。制服である半袖シャツの襟元のボタンを大胆に三つ開き、ぱたぱたと仰いでは風を送っていた。
「こんなとこで居眠りなんて考えられへんわ。あのレイちゃんですら梅雨明けからずっと避けてるっちゅうのに」
ヴァンは刑事課にいる同僚の名前を出して苦笑した。レイちゃんこと寿レイジもこの屋上の常連だが(もちろんサボり用途で)ここ最近はめっきり姿を見なくなった。ちなみにサボり癖がなくなったわけではなく、真夏はデスク横のソファや資料室でのんびり眠っているらしい。
「焼けんで」
「やけねぇよ」
頬に伸びてきた手を邪険に振り払う。ヴァンは後輩からの粗暴な扱いに嫌な顔ひとつせず「ほんまに?」と顔を覗き込んだ。
「昔っからやけにくいんだよ」
「へえ。それは羨ましい」
「うらやましいとか思ってねぇだろ」
再び目を閉じる。新聞紙を取り返そうと手を挙げると「危ない」と掴まれた。なにが、と思っていたら、ジッポライターのフタを跳ね上げる軽い音が聴こえた。ヴァンが咥えた煙草に火が点けられる。
「……人のこと言えねぇな」
「ワイまだ勤務時間ちゃうもん。今日は九時半から」
「時間じゃねぇよ。ここ、禁煙だろ」
「ちょっと前までどこでもスパスパ吸えとったのになぁ。そのへんに灰皿もあって」
「いつの時代の話だよ」
ヴァンに背を向ける。ヤマトは煙草を吸わないし、副流煙も御免だ。どうしてそんな健康を害する美味くもないものを好き好んで吸いたがるのか、気持ちが全く理解できない。署内には愛煙家が多いから、このにおいを嗅ぐと仕事を思い出さざるを得なくなるのも嫌だ。デスクに溜めてきた書類の山を思い出し息を吐き出す。今日は一日書類整理。デスクワークは得意じゃない。
煙草を一本吸い終わった頃、ヴァンが突然甘えた口調で切り出した。嫌な予感がする。
「なあ、ヤマちゃんに楽しい催し物のお誘いが――」
「ことわる」
「なんでやねん。先輩のお誘いなんやからとりあえず最後まで聞きぃや」
「いやだ」
むくりと身体を起こす。じっとりと汗をかいていてシャツが肌に貼り付く。腕を掴まれ、ヤマトはふてぶてしく振り返った。
「合コンしようや」
「しねぇよ」
どうせそんなことだろうと思った。交友関係が広すぎるヴァンは、度々いろんな相手とのコンパを持ちかけてくる。時には別の署の警察関係者だったり、かと思えばどこぞの大手企業の受付嬢、はたまたキャビンアテンダントや女医なんかまで幅広い。エレベーターホールに向かうヤマトに、ヴァンはバタバタと着いてくる。
「ヤマちゃんの写真見て会いたいって言うてる子がおんねん。なー、たまにはええやろ?」
「行かねぇって。あと勝手に写真見せんな」
「それはごめんって」
エレベーターに乗り込み交通課があるフロアのボタンを押す。署内では節電がうるさく叫ばれているからエレベーターはあまり冷えていない。でも屋上よりはずっとマシだ。お願いお願いとまとわりついてくる男がちょっと暑苦しいだけで。
「……だいたい、おれのなにがいいんだよ」
「さあ。ワイの方がええ男やのにな?」
「ほんとずっとうるせぇな」
写真を見ただけで会いたいと抜かす人間なんて一ミリも信用できない。自分の見てくれは可もなく不可もない程度だとヤマトは思っている。百八十八ある身長はそれなりにいいポイントかもしれないが、「大きすぎて怖い」と言われることだってあるし。社交性もあまり高い方じゃない。休みの日は一人で筋トレをするか寝ているかくらいで、相手を喜ばせる話題提供もできないから合コンだなんて催しはとにかく疲れるだけだ。
認めたくはないが――隣に並んだヴァンに視線をやる。この男の方がその手の場で異性の興味を惹くのは確かだ。見映えはするが高すぎない程よい身長。ほっそりと見えるが脱げばわかる確かな肉体美(これはヤマトには負けるが)。顔だって整っていて、一言で言えば色気がある。ヤマトが一度口に含めばその味がわかるような大味のラーメンだとするならば、ヴァンは何層にも重なった複雑なフランス料理みたいな。まぁ、世の中にはラーメンの方が大好きだと言う人間だってたくさんいるわけで、ヤマトが好みだと言う女性がいたってもちろんおかしくないのだが。
「まぁやっぱり身体ちゃう?」
「そういうガツガツしたのが一番苦手なんだよな」
「自分からはガツガツいかへんくせに」
ヴァンはこれ見よがしにため息をついた。長い間恋人がいない後輩を思いやってくれているらしいが、余計なお世話だ。
「彼女作らへんの?」
「いらねぇよ」
「もったいなー」
エレベーターを降りるとショウと鉢合わせた。同じタイミングでかがやき署に配属になった刑事課の同期だ。ショウはヴァンに「お疲れ様です!」と元気よく挨拶してから、ヤマトに向かって両手の拳を突き出す。ヤマトもそれに拳で応えた。
「なんなんそれ」
「俺とヤマトの挨拶です!」
「挨拶なんはわかるけど……ほんま、自分らいつまでも小学生男児みたいやな」
「いっしょにすんなよ」
「そーですよ。俺の方が精神年齢は上です!」
「はぁ? なに言ってんだ」
「……二人ともええ歳して……」
やれやれと呆れたように首を振る。通りすがりのレイジに「きみたち朝からうるさいよ」と諫められるまで、ヤマトとショウの無意味な言い合いは続いた。
別に恋人がほしくないわけじゃない。だからといって、じゃあものすごくほしいかと言われると、それも違う気がする。
仕事終わり、自宅までの道を走りながら考える。署の近くにもマンションはたくさん建っているが、日々のトレーニングも兼ねて少し遠いところに住んでいる。
毎日の生活に不満はない。今日みたいなデスクワーク漬けの一日は苦でも、それ以外の業務は楽しいし。
約一年前、ヤマトは念願だった白バイ隊員になった。バイクの腕には自信があるし、刑事課やパトカーで警らに出る同課の連中と違って基本的に個人行動ができるのも自分に合っていると思う。一人で淡々と職務に当たるのは意外と性に合っていた。かがやき警察署という組織の一部でありながら、ある種特別な任務を与えられているような優越感も、少し。
――まぁおれだってほんとは、『刑事』をめざしてたんだけどな……。
暗い回想が広がってくる。本庁で勤め上げた祖父のように、殉職した父のように、そして――。
いや、今さらどうしようもないことを考えるのはやめよう。走りながら頭を打ち振る。昔は昔、今は今だ。そしておれはおれで、あいつはあいつ。今おれは、かがやき署の白バイ隊員として誇りをもって仕事に臨んでいるんだから。
エントランスを抜け、階段で三階へ上がる。奥から二番目の部屋がヤマトの自宅だ。物欲があまりないから物は少ない。家での筋トレのことを考えて、防音にだけこだわった。ローテーブルに割引で購入した寿弁当の唐揚げ弁当を置いた。走って帰ってきたから中身が崩れているかもしれない。腹が膨れれば見た目は気にしないたちだ。カーペットもクッションも敷かず床に直接腰を下ろし、弁当をかき込んだ。
ベッドに投げたスマホの画面が点灯する。メッセージアプリの通知だ。気軽に連絡を寄越してくる相手は少ない。案の定、ヴァンからだった。
『なーほんまに合コン行かへん?』
『ヤマちゃんが行かんならナカミチ誘ってまうけど』
右手で箸を持ったまま、左手で返事をする。行儀が悪いとたしなめてくる相手がこの家にはいない。
『いかねぇよ』
短く一言、送信。
そもそも合コンで出会うというのがヤマトにとってはなんだかいけ好かない感じがする。マッチングアプリの類も同じだ。出会いの場を求めて積極的に動く自分、というのが未だになんだか気恥ずかしいのだ。運命的な出会いを求めているわけではないが、こちらから意気揚々出向いて行くほど欲しているわけではない、といったところ。
『わかったー。ところで今からみんなで飲むけどこーへん? いつもの店』
すぐに次の話題。次の娯楽。返事もせず、ちょうど食べ終わった弁当のふたを閉めて部屋を出た。また走る。ある程度楽しく、ある程度慌ただしく、ある程度満たされた日常。これがずっと続いてもいいけどな――と、本気で思うときが、ヤマトにはままある。
白バイ隊員は雨の日はデスクワーク、もしくは二人一組でパトカーに乗り込み警らに出る。
「こないだヤマちゃんが断った合コン、あれ絶対来た方が良かったで」
ヴァンは今日もとびきり元気だ。署内の誰より出会いを求め、誰より欲望に忠実で奔放。独身だからその積極性を誰も止める権利はない。管轄内の地域を回り、そろそろ署に帰ろうかといったところで先日の合コンの振り返りは始まった。ヤマトはハンドルを握り、このままぶっ飛ばそうかと一瞬考えたがやめておく。
「ヤマちゃん狙い言うてた子、顔こんなんで脚スラァっとしとってノリもええし最高やったで。背ぇも結構高くてお似合いやと思ったのに」
小顔を表すジェスチャーとして両手で小さな丸を作ってみせる。顔がそんな小さかったらバケモンだろ――と口には出さない。
「あーあもったいない……って思った? 今思った? そんなヤマちゃんに朗報! 幸い誰も連絡先教えてもらわれへんかったからまだチャンスありまーす! あの子たぶん本気でヤマちゃん狙っとぉって。一応ヤマちゃん来れんようになっても来てくれたけど、ワイらのこと見た瞬間ちらっと残念な顔してんから。一回だけでも――」
「で、おまえはどうだったんだよ」
仲人よろしく次こそはどうやとプッシュしてくるヴァンに水を向ける。赤信号で車を停車させた。
「いや~それがワイも、ええ感じになった子がおりまして~」
「よかったじゃねぇか。これで合コンの話はおわりな」
「……つまらんなぁ。今度はショウちゃん誘おっと」
「あいつも行かねぇだろ」
雨足が強まったのを見て、ワイパーの速度を上げる。視界が悪い。信号が青に変わり、左右を確認してから発進させた。
助手席側の窓を向いていたヴァンが「ひったくりや」と短く叫ぶ。
「どこだ?」
「あっち」
「走ってったほうがいいな」
路肩にパトカーを停め、運転席から外に出る。この雨の中でヴァンが視認できるほどの距離、車じゃ入れない脇道に入られたら逃げられてしまう――だからパトカーで追うより身一つで追跡するのが得策だ。こういうのは頭で考えるわけじゃなくて、身体が勝手に反応する。ヤマトの姿を見て「捕まえて!」と指を差してくれた目撃者たちのおかげで、ひったくり犯と思しき男にすぐに追いついた。
「おら、おとなしくしろ!」
両腕をきつく拘束すると、男は振り解こうと暴れる。もつれ合って二人して水たまりめがけて派手に転倒した。男が奪ったバッグを追いついたヴァンが回収し、ヤマトは自分の上でもがく男の両腕を捻り上げた。
「あばれんなって。もう抵抗したってむだだろ」
水たまりの上で男が暴れるものだから、容赦なく土まじりの水滴が飛んでくる。頬に跳ねた泥水も気にせず、これ以上動けないように男の両脚を下半身で押さえつけた。しばらく抵抗を見せ続けた男は、やがて観念したのか「うう……」と情けない唸り声をあげて動かなくなった。
「ヴァン、こいつ連れてってくれ」
「はーい。またえらいドロドロなって」
苦い顔をするヴァンにひったくり犯を引き渡した。そんなにひどい有様になっているのだろうか。自分ではわからない。なんとなく痛む頬に手をやると、泥にかすかに血の色が混ざっている。男ともつれ合って派手にこけたときに擦ったんだろう。左手の甲が汚れていないことを確認してまぶたを擦った。すると手の甲に土が付く。顔は結構本格的に泥だらけになっているのかもしれない。
「――あの……」
声は背後から聴こえた。振り返ると、見知らぬ男が傘も差さずにタオルを両手で差し出して立っていた。
「これ、良かったら使ってください」
「おれそんなにドロドロによごれてんのか……」
素直な感想が口から飛び出て、慌てて「サンキュ」と礼を付け加えた。真っ白なタオルはおろしたてなのかふわふわで、触れただけで質の良さがわかる。一瞬ためらい、しかし泥水がこめかみを伝う感触に気付いてそこにタオルを当てた。白い生地はみるみるうちに茶色に変わる。がさつにまぶたを拭おうとすると、小さな手が伸びてきて大和の手に重なった。
「乱暴にすると目の中に入っちゃいます」
ごく自然な手付きでタオルを奪う。柔らかな声で「少し屈んでください」と言われて従った。まぶたにあたったタオルでそっと目元を撫でられる。壊れやすいものに触れるような優しい手付き。
「他も拭いてもいいですか?」
「お、おう……」
柔らかな生地が鼻や頬を拭う。顎のラインを撫でられながら、改めて男の姿を見た――というよりも、見下ろした。ヤマトに比べると十五センチ以上背が低い。小雨にしっとりと濡れた甘い茶色の髪。ヤマトを見上げる瞳は鮮やかな紫色をしている。彼は生成りのシャツの上に紺色のエプロンを身に付けていた。視線をずらすと、ここが花屋の目の前なのだと気付く。彼はその店員なんだろう。おそらくアルバイトか――と思ったのは、その年齢のせいだ。特別幼いわけではないが、素朴というか無垢というか。すれたところのない白さを感じる。それでいてどこか地に足のついた確かさがあるのは、迷いなくヤマトの顔を手ずから拭いてくれる行動力のせいだろうか。花を慈しみ育てる彼の姿が容易に想像できた。
彼の指が耳を覆うように触れ、ヤマトは思わずびくりと肩をすくめた。
「ごめんなさい。くすぐったかったですか?」
「あ、ああ……わるい。そこは自分で拭く」
というか、他も全部自分で拭けよって話で。どうしてこんな犬みたいにされるがままになっているのか。自問する。でも肌をすべる柔らかな感触が心地良くて、とうとう自分でやるとは言い出せなかった。
「ヤマちゃん何やってんの? 置いてくで~!」
飛んできた声が目の前の警察官宛だということに、彼はすぐ気付いたようだ。小首を傾げ「ヤマちゃん、さん?」と問う。ヤマトは苦笑した。
「やめろよ。そのあだ名おれは気に入ってねぇし。……かがやき署の日向ヤマトだ」
「……日向さん」
「ああ。ふいてくれてありがとな」
「タオル、一枚持って行ってください。まだいろんなとこがドロドロなので」
彼は新しいタオルをもう一枚差し出した。その手指の至る所が黒い。きっと、ヤマトのせいで。
「わるい、たすかる。また返しにくるから」
「……はい」
彼は控えめに、しかししっかりと頷いた。そういえば名前訊かなかったな――と思ったのはパトカーに戻ってからだ。まぁいいか。勤め先はわかっているし。
貸してもらった新品のタオルで耳の裏を拭う。そんなところにも泥が付着していた。
――ごめんなさい。くすぐったかったですか?
ヤマトの弱いところに触れてしまったあとの、悪びれた様子のない、素直に申し訳なさそうな顔が浮かんだ。棘のないきれいな花みたいだ。ちくりと心に引っ掛かるところが何もない。汚いものを何も知らない子どものような。
涙のように彼の頬を伝っていた雨粒に触れてみたかった。これがどういう種類の欲求なのか、ヤマト自身にもよくわからない。
泥の汚れはなかなかしぶとく、二回洗濯機にかけてもタオルは真っ白に再生しなかった。それどころか、柔軟剤も入れずに洗ってしまったせいかふわふわ感が失われてしまったような気がする。
「これってもう元にはもどんねぇのかな」
「なんの話?」
バイクの整備をしていたヴァンが振り返る。ヤマトはその傍らにしゃがみ込んでごわごわになってきたタオルを手渡した。
「ああ、前花屋の店員さんに借りたっちゅうやつ? えらいしわしわになってもぉて」
「洗濯ミスったっぽい」
「ヤマちゃんはガサツやからなぁ。買い直したら?」
その選択肢はヤマトにはなかった。でも言われてみるとそれが一番良い気がしてくる。そのへんのスーパーとかじゃなくて百貨店で良さげなものを選ぶようにと先輩のありがたいアドバイスを受け、二枚購入した。
彼の勤め先である花屋は商店街の入り口にある。ヤマトもまだこのかがやき市内に越して来て日が浅いが、この店はヤマトがかがやき署勤めになったより後にできたはずだ。夏らしく、原色の花々が店の入り口を彩っている。あの日と同じで今日も雨だった。パトカーにヴァンを残し、店のドアを開く。軽いチャイムの音が鳴った。
「いらっしゃいま――あ、先日の……」
「こないだはありがとな。すげぇよごれてたから助かった」
紙袋を差し出すと、彼は恐縮したように「わざわざすみません」と肩をすくめる。
「かえって気を遣わせてしまって……。真面目なんですね……って、当然ですね。お巡りさんですもんね」
「まじめとか言われたの初めてだ」
むしろ署内ではレイジと並んで不真面目ワンツーだと言われているが。
「そうなんですか? 真面目だし、正義感が強くってかっこいいって俺は思います」
あ、そうだ、と何かを思い出したようにバックヤードに消える。それからすぐに、ビニール袋をぶら下げて戻ってきた。
「これ、良かったらみなさんで。外は暑いですから」
袋の中に、細い缶のポカリが何本も詰まっている。
「タオルのお礼です」
「いや……そのタオルじたいが、もともと礼だったんだけどな」
「あ、そっか……でも受け取ってください。うちの店に置いてても、誰も飲まなくって」
ぐいぐい差し出されると断る理由はない。誰も飲まないというのはたぶん嘘だろうと見抜いたが、改めて礼を言って受け取った。わざとなのか偶然なのか、ビニール袋を受け取るほんの一瞬、指先をきゅっと握られた。水仕事でもしていたのか、夏に似つかわしくない冷たい指。
「仕事中にわるかったな」
「いえ、日向さんこそお仕事中ですよね? 寄ってもらっちゃってすみません」
「パトロールのついでみたいなもんだ」
ぎこちない会話の最中、ビニール袋を提げた方の手で頭を掻くとしゃらしゃら擦れた音が鳴る。店内に客は少なかったが、互いに仕事中ということもあり用が済むとすぐに退散した。
「これ、やる」
運転席に手渡す。ヴァンは早速プルタブを上げて「どしたん、これ」と一口飲んでから訊いた。
「もらった」
「花屋の子?」
「ああ。なんか気つかわせちまったみてぇだ」
「いい子なんやなぁ」
「……ああ、そうだな」
いい子。まぁそうだろうな、と思う。いくつくらいなんだろうか。店の冷蔵庫から勝手に飲み物を持ち出して他人に差し出すくらいだから、ただのバイトってわけではないだろう。二十一、二ってところか。ヤマトの六、七歳下。だとしても社会人としてはかなり若い方だ。タオルを受け取って冷えたポカリを持ってくる姿は、なんだか古式ゆかしき物々交換を思わせた。
ヤマトも缶を開ける。側面に手を当てて冷やした。車内はそれなりに冷房を効かせていても窓から差し込む直射日光のせいで暑い。じんと冷えていく感覚に、ビニール袋を受け取ったときに触れた彼の指の温度を思い出す。不思議だ。彼と会うと、身体が勝手に彼をインプットするようで。名前も知らないのに。
「かわいいん? その子」
気持ち良さそうに飲み干し、あけすけな質問をしてくる。
かわいいとか、そういう風に考えたことがない――と言えば嘘になるだろう。相手は男とはいえ、「性別はいったん置いといて」と言いたくなるくらい彼の容姿が整っているのは事実だ。決して派手ではない。純朴で可憐な雰囲気。それでありながら、意思の強そうな瞳を携えヤマトと向き合う。花の世話のせいなのか手は少し荒れていて、それが妙に生々しいというか、人間らしさを感じさせた。
「かわいいっつーか……まぁそうだな。かわいいか」
「ははーん」
「なんだよ」
「惚れちゃった?」
「はぁ?」
明らかに動揺した。まだ少ししか口を付けていなかった缶の中で小さな波が生まれ、こぼれた液体が太もものあたりに染みをつくる。
「最近汚してばっかりやな」
「おまえのせいだろ」
「っちゅうことは図星やん。花屋の彼女に惚れちゃったか~」
「……彼女って」
ああそうか。こいつは姿を見ていないから、彼のことを異性だと思ったらしい。
「照れんでいいやん。恥ずかしい話やないんやから……。ワイはずっと心配しとったんやで? 合コン誘っても全然食い付かへんし、まだ若いのにほんまに枯れてしもたんかって……。よーしヤマちゃん、ワイは全力で応援するで。絶対彼女を振り向かせるんや!」
一人で盛り上がり始めるヴァンに訂正の言葉を挟む暇は与えられなかった。まぁそのうちわかるだろうと、聞き流しながら缶に口をつける。
身も蓋もない話ではあるが、好みのタイプであることには違いなかった。
良く言えば清純派、率直に表すとちょっと地味な感じ。AVのジャンルひとつとっても、誰にも穢されていないような純真無垢そうな(出演している時点で真っ白なんてことはないのだが)女優がなぜかものすごく床上手……みたいな都合のいい展開がヤマトの好みだ。それに加えて、ちょっとSっ気があるとさらにいい。それを征服して犯すのはさぞ興奮するだろう。
実際はあまり恋愛に積極的になれないのが起因して、ぐいぐいくる積極的なタイプとばかり付き合ってしまっているのだが――だからこそ、これまで付き合ったことがない初心そうな相手に惹かれるのかもしれない。絶対に手に入らない感じがますますそそるというか。
(……つーか、男なんだよな)
こんな時代だし、周りにオープンにしている知り合いこそいないが、「そういうやつも案外ちかくにいるんだろうな」くらいの気持ちで生きてはいる。偏見はない、と思う。というか周囲にあまり興味がない。男の知り合いが男を好きでも、へーそういうこともあるかと思うくらいだ。いざ同性に告白でもされたらビビるだろうが、それは興味がない異性に告白されるのと同じだろうとも思う。
じゃあおれは男を恋愛対象にできるんだろうか?
考えたこともなかった。まともに人を好きになったこともなければ、受け身な恋愛ばかりしてきた。だから自然の摂理みたいな感覚で言い寄ってくる異性を相手にしてきたわけで。
女で抜いてるんだから女が好きなんだろう――というのは、短絡的過ぎるかもしれない(でもだからといってそのへんの男優で抜けるかと言われると無理そうだが)。そもそもあいつで抜けんのかな……と、妙な興味が頭をもたげた。
(まぁ……ここ数日やってなかったしな……)
虚空に向かって言い訳をする。楽な姿勢でベッドに腰掛け、部屋着と下着をずらして性器を取り出した。一本だけ家に持って帰って来たポカリの側面に触れ、その手でまだ兆していない自身を握る。あいつで抜けるか試してみるという明確な意図があったから、二度洗濯してごわついたタオルをわざわざ取り出してきた。匂いも何も残っていないけれど。
きれいなものを穢す、ということには、煽情的な意味合いが含まれると思う。そりゃああいつだってあのきれいな顔なんだから、エロいことの一つや二つ経験済だろう。どんな風に女を抱くんだろうか。丁寧な所作や折り目正しい言葉遣いからは想像できない。それに、普段は男として相手を抱く側かもしれないが、もしヤマトと彼がそういうことになれば、自分が抱く方しか想像できないわけで。
――くすぐったかったですか?
初めて会ったあの日、ヤマトの耳の裏側に触れて申し訳なさそうにしていた顔を思い出す。
思い切り耳を攻められてみたい。舌に未熟な動きで舐められ、眉尻を下げて気持ちいいかと訊かれて、散々弄られて、それから形勢逆転。押し倒して、白い身体を探りたい。
(やばいな)
妄想ひとつで、手の中で熱が膨らむ。見たことがないからか男同士での経験がないせいか、彼の裸体までは思い描けなかった。でもだからといって、彼の顔に女の身体をくっつけるみたいな、そんな無粋な想像力も働かない。ヤマトに攻められ、紫色の瞳に涙を浮かべ、頬を赤くし口を半端に開けて好がる、そんな表情を思い浮かべた。やばい、ものすごくかわいい。
「…………う、あ……」
乱雑に手を上下して扱く。これを突っ込んで思い切り絞られて中で達きたい。求められたい。
射精の瞬間、ベッドに投げていたタオルを掴んでそこに放った。無垢な彼を穢す感覚。満ちる征服欲。たまらない。激しく息をする肩を落ち着かせると、深い罪悪感に苛まれて辟易した。
ばかだな、と自分でも思うけれど、後日署の給湯室の冷蔵庫の中にポカリ缶を見つけるだけでドキリとした。自分で入れたのに。
男で抜いてしまった事実はそこまで重要じゃない。たった二回しか会ったことがない、延べ数十分程度しか会話したこともない男をオカズに使ってしまった罪悪感がよほど大きかった。
どうせ誰もいないだろうと冷蔵庫を開けたり閉めたりしていると、後ろから声をかけられる。
「なにやってんだ?」
「は……!? なんだショウかよ、おどろかすな」
「俺の方が驚いたっつーの」
ショウはシンクに片手をついてミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲んでいる。署員に一人ひとつ配布された、かがやき署のマスコットキャラクター・ピースくんが描かれたマグカップ。同じデザインだから他人のものと混合しないように名前を書くのがここでのルールだ。ショウのカップにはレイジのイタズラで、大きく『セイギくん☆』と丸文字で書かれている。正義感を振りかざすショウに皮肉を込めてつけたあだ名だったが、レイジも今やだいたい本名で呼んでいるようだ。
「なんかあったのか?」
「なんもねぇよ。つーかおまえ、なんでそんなとこでコーヒー飲んでんだよ。刑事課でハブられてんのか?」
「ハブられてねーよ」
ショウは可笑しそうに目を眇めた。コーヒーを飲み干すと流しにマグカップを漬け、冷蔵庫を開けてポカリを一つ取り出す。
「これもらってくぜ。なんか今日忙しくてさ。これから本庁で会議」
「本庁? めずらしいな」
「だろ。じゃーなー」
ゆらゆらとポカリの缶を振ってショウが出て行くと、入れ違いでレイジが姿を現した。
「おつかれ、ジケンくん」
「そのあだ名やめろって……」
ヴァンが『ヤマちゃん』と呼び始めたのと同じころから、レイジは時々ヤマトをそう呼ぶようになった。ヤマ=事件というのはドラマでもよく使われる警察用語だが、こんな風に呼ばれるのはいい気がしない。そもそも、ヤマちゃんというあだ名でさえいまだにやめてほしいと思っているのに。
「ぼくもこれから本庁なんだよね。セイギくんてば張り切っちゃって。ぼくを置いて行くつもりだな」
「ああ、あんたもポカリいるか?」
「遠慮しておくよ」
冷蔵庫の前にしゃがみ込む大和に流し目をくれる。この男がそういう意味深な表情を浮かべるときは、だいたい本当に何かしらの意味があるのだ。首を傾げ見上げると、車のキーをちゃらちゃらと手の中で弄びながらレイジが言った。
「とある事件の捜査本部が敷かれることになってね。ぼくとショウはそこに加わるってわけ。指揮はリュウヤさんが執るようだよ」
「……それ、おれに伝えてどうしたいんだよ」
存外に冷ややかな声になった。
「いいや、なにか言伝でもあるかな~と思って」
レイジは微塵も揺らぎを見せない。からかっているのか本気で訊いているのか、きっと前者だろう。ヤマトとリュウヤの関係を、いや、ヤマトがリュウヤに抱く感情を知っているはずなのにたちが悪い。しかしこういう男なのだ。ヤマトは逃げるように給湯室から立ち去った。
「うわ、朝からご機嫌斜め」
席に向かうと警らの準備をしていたヴァンに目敏く茶化される。しかも「レイちゃんやろ」とこの苛立ちの根源を言い当てられた。
「なんでわかんだよ」
「日向警部んとこの捜査本部に入るって聞いたから。あーお兄ちゃんネタでヤマちゃんいじわる言われるんやろな~と思ってた」
「じゃあおまえが止めろよ。あの腹黒タヌキ……」
ヴァンはヤマトが積んだ書類の向こうで、涼しい顔をしてマグカップに口をつける。御多分に漏れず、自分で名前を書いたピースくんカップだ。
「ヤマちゃんとショウちゃんはからかい甲斐があるからな~。ちゅうか、本庁の刑事と所轄の白バイ隊員でフィールドも違うわけやし、お兄ちゃんのことは気にせんかったらいいのに」
「うるせぇんだよ」
「あーこわ。今日はもう口利きませ~ん」
ヴァンの方からシャットアウトされて妙に安心した。こういうときは誰とも絡まないに限る。三十分早く始業したヴァンが出て行くと、ヤマトも警らの準備を始める。
日向リュウヤは、五つ年上のヤマトの兄だ。警視庁捜査一課の警部。非エリート組にしては異例の出世スピードである。
兄を追いかけて警察官になったわけじゃない。祖父も両親も刑事で、特に祖父からは長男のリュウヤと次男のヤマトには警察官の職務や責任についてよく言い聞かせられたものだった。武術も祖父から習った。その甲斐もむなしく、リュウヤは一時期喧嘩漬けの道に進み、ヤマトまでそれを追ったものだから祖父の落胆は相当なものだっただろう。その後結局リュウヤは警察官を志し、ヤマトも続いたわけだが――と考えると、結局ヤマトは兄の真似をしているだけなのかもしれないけれど。
じゃあどうして兄のあとを追ったのかというと――兄に勝ちたいからだ。喧嘩に明け暮れていたときは戦って勝ちたいと思っていた。しかし兄は五つ年下のヤマトを相手にしようとせず、いつの間にか足を洗って警察を目指した。じゃあ今はどうやってあいつに勝ちたいのか。考えてもよくわからない。明確な勝ちなんてあるんだろうか。あるとして、じゃあ今のおれは勝てるのか?
大きなため息が出た。ヴァンが去った部屋では誰もそれを特段気にしない。
兄が警部に昇進したのと同じ頃、ヤマトは刑事課ではなく交通課の白バイ隊員を志望した。同じ道に進んでも超えるどころか、同じ位置にすら立てないかもしれない――情けない劣等感から自分を守ろうとしたのかもしれない。子どもみたいな未熟な対抗心にいつまでも囚われたままでいる。違う道を進んでいる今も、ずっと。
「なあヤマちゃん。花屋行こや、花屋」
「は?」
赤信号で車を停止させながらヴァンが提案した。フロントガラスの滴をワイパーが弾く鈍い音に合わせて、手袋を嵌めた指先がとんとんとハンドルを叩く。
「は? とちゃうよ。ヤマちゃんの意中の彼女、ワイも会いたいな~って。もうあと帰るだけやしええやろ?」
「……シフト入ってねぇかもしんねぇぞ」
「おらんかったらまた来ればええねん。ていうかヤマちゃん、ポカリもらった日から行ってないんやろ? もうちょっとしっかりアタックせな。ていうかその子、彼氏おらんの?」
「しらねぇよ」
いるとしたら彼女の可能性の方が高いと思うけど。ヴァンの思い込みを指摘するか迷ったが、まぁ直接会うつもりならいいかと思い直す。彼が男だと知ったからって決して失礼なことを言わない男だと言うことはよく知っている。
「でもヤマちゃん、ほんまたまにはもうちょっとガツガツいったほうがええって。その見た目で中身が草食系すぎるっていうか女の子に興味がなさすぎるっていうか、ワイほんま結構真面目に心配で――」
店の軒先で、ちょうど彼が女性客と話をしているところだった。
言葉を交わし、客が傘を広げて笑顔で彼に手を振る。彼は丁寧に頭を下げ、その姿が見えなくなるまで見送り、そしてふと視線を流したとき、通りに停まったパトカーに気が付いてヤマトに会釈をした。
「……女の子、ちゃうんや」
「女なんて一言も言ってねぇだろ」
ヴァンを残してパトカーを下りる。
「日向さん! お疲れ様です、こんにちは……あ、いや、もうこんばんは、ですかね」
「おつかれさん。びみょうな時間だよな」
二人して空を見上げる。朝から降り続く小雨のせいで薄暗く、時間を確認するには十分じゃなかった。
「今日はどうされたんですか?」
「あー……いや、どうっつーか……その、いっしょにパトロールしてるやつが行こうっつーから……」
「……えっと……そう、ですか」
「わるい、わけわかんねぇよな……」
「いえ……」
「どーもー、はじめましてー」
後ろからひょっこりとヴァンが顔を出す。
「かがやき署の桐生院ヴァンいいます。おにーさんの話はヤマちゃんからよぉ聞いてて」
「鳳エイジです。そういえば、日向さんにも名乗ったことなかったですよね。今さらすみません」
「え!? そうなん? どんだけ進んでないねん……」
「うるせぇんだよおまえは……」
小突こうとするとひらりとかわされて腹が立った。彼――鳳エイジはヤマトを見上げて不思議そうに首を傾げる。
「俺の話、してくださってたんですか?」
「あ、ああ……その、タオル借りたこととか、ポカリもらったこととか……」
「実はうちの店でもちょっと話題になってたんですよ。勇敢でかっこいいお巡りさんが新しいタオルを持って来てくれたって」
両手を合わせて嬉しそうに話す。やっぱりかわいい、と思うのと同時に、数日前に彼をオカズに自慰行為に耽ってしまったことを思い出して罪悪感が働いた。ぎこちなくヤマトが「そうなのか」とだけ返事をすると微妙な沈黙が下りる。それをそっと破ったのはヴァンだった。
「ワイもエージちゃんのポカリもろたで。ありがとうございます」
「おい、名前……」
「ふふ、桐生院さんって誰のこともそうやってちゃん付けされるんですか?」
「あ、ごめんついくせで。迷惑やったかな?」
「いえ、全然。むしろ嬉しいです、なんかかわいくて」
「よかった。ワイのこともよかったらヴァンちゃんって呼んで」
「素敵な同僚さんですね」
ヤマトを向いて牧歌的に微笑む。その和やかな雰囲気に、ついどぎまぎして大和は「ああ……」と短く返事をした。その光景を見ていたかのようにタイミングよく店内から女性スタッフが顔を出した。
「――店長、山中さんよりお電話です」
「あ、ありがとう。すぐ行きます」
てんちょう、という言葉の意味がすぐ理解できなかった。エイジは申し訳なさそうに眉を下げる。
「すみません、電話が入ってるようなので今日はこれで。お仕事お疲れ様です。良かったらまた、いつでも来てください」
「ああ。わるい、いそがしいのに」
「いえ、嬉しかったです」
まるで花みたいだ――なんて、詩的すぎるかもしれないが、真面目にそう思った。使ったことがない言葉だが、『可憐』っていうのはこういう相手を表すのに使うんだろう。決して華美ではなく、目立ちすぎず、でも一度目を留めると離せなくなる。触れてみたい、でも触れたらはらりと散ってしまいそうな儚さもあって。かと思えば瑞々しい生命力もあって、不思議だ。
それから。最後に聞いた単語を反芻する。
あいつ、店長だったのか。見た目が若すぎるから勝手に大学生のバイトあたりだろうと思っていたのに。いや、店長だからどうってことは一切ないけど、なんだか彼に――エイジに不釣り合いな感じがして、ちょっと笑えた。
「おい童貞、なに一人でわろてんねん」
車に戻るや否や乱暴なツッコミを入れられる。
「笑ってねぇ。あと童貞でもねぇし」
「あんなん童貞同然や。好きな子目の前にしてまともに喋れへんタイプとは思わんかったわ。その身長と顔がなかったら童貞確定」
「うるせぇな」
シートベルトを締める。車はかがやき署に向けてゆるやかに走り出した。
「もうちょっとスマートに振る舞えへんかな。顔が見たくて会いに来たって素直に言えばいいいのに、なーにが『一緒にパトロールしてるやつが~』やねん。相手も困ってたやろ」
「顔が見たいとか、んなこと言えるかよ……」
「初心すぎ。中学生か」
ばっさり切り捨てられる。
「いやもう今時中学生でももっと進んどんで。まぁ男の子やったことはびっくりやけど、あらモテるやろな。いつまでものほほんとしとらんと早いとこ意識させんと、一生素敵なお友達から先に進めんへんようなるで」
「だからまじでうるせぇんだよ」
運転に支障が出ない程度に肩を殴ってやる。言われなくてもそれくらいわかってる。わかってるとできるは別だが、でも本当にわかってはいるのだ。もし先に進みたいのであればもっとちゃんと好意を伝えないといけないと。
翌日は晴天で、警らには単独で出る。途中で店に寄ろうと何度も考えたが踏ん切りがつかず、結局店に向かったのは退勤後だった。
しかし、花屋のある商店街の角を曲がる寸前で足が止まった。一体どんな口実で顔を出せばいいのか。これまでは勤務中で制服も着ていたからパトロールの一環だと言い張れたが、私服に着替えて完全にオフモードになった今、エイジに会いに来る理由が思い浮かばない。
――顔が見たくて会いに来たって素直に言えばいいのに。
いやいや、それはなしだ。好きって言ってるようなもんじゃねぇか……いや、そうでもないのか?
商店街の眼鏡屋の角でぐるぐる考え込んでいたから、それを訝しんだ人影が近付いてくることに気が付かなかった。
「……日向さん?」
「はっ!?」
振り返ると、大きな鉢を抱えたエイジがこちらを見上げていた。
「こんばんは。すみません、驚かせちゃいましたか?」
「や……大丈夫だ」
「こんなところでどうされたんですか? お仕事中……ではないですよね」
Tシャツにラフなカーゴパンツ姿のヤマトを見て察したようだ。エイジは仕事中らしく、店のエプロンを身に付けたままだった。ヤマトは頬を掻き、エイジの紫色の瞳と視線を合わせる。
「その……顔が、見たかった……っつーか……」
「顔? ……えっと、商店街のどなたかに用事ですか?」
「ちげぇよ。だから、おまえに会いに来たんだって……」
「俺、ですか?」
それ以上詮索せず、エイジは「嬉しいです」とにこりと微笑む。
「仕事中なんで、店まで来てもらってもいいですか? 日向さんはお仕事終わりですか?」
「ああ、さっきあがったとこだ」
「お疲れ様です。私服姿、初めてですね」
遠慮のない視線が下から上へと舐める。大きな鉢を抱えているせいでエイジは少し身体を後ろに反って歩いていた。両手に抱えられた鉢をひょいと奪い取る。意外にずしりと重かったが、ヤマトにとっては片手で十分だった。
「大丈夫ですよ。俺、力も体力もある方なんで」
「おれのほうがもっとあるだろ」
「それは……そうですね」
肩をすくめる。きょろきょろと辺りを見回して「今日はお一人ですか?」と訊いた。
「え?」
「この間の……桐生院さん、一緒じゃないのかなって」
「いや、おれ一人だ」
「そっか。その、いつも一緒にいるみたいだったから。初めて会った日も一緒でしたよね? 『ヤマちゃん』って呼ぶ声が聴こえてました」
「ああ、これまではたまたまな。おれもあいつも基本バイク乗ってて、雨の日だけいっしょに警ら出てんだよ」
「そうなんですね。……桐生院さんがどうってわけじゃないんですけど……一人で来てくれたの、嬉しいです」
どうしてだ、と訊こうとしたところでちょうど店にたどり着く。エイジにくっついて店のバックヤードに足を踏み入れた。そこに、と指示されて鉢を置く。
「この鉢、商店街の西の方にある洋菓子店に貸してて。今日はその回収に行ってたんです。力持ちの日向さんと会えて助かりました」
「力になれたならよかった」
バックヤードは物が多いのにすっきりと片付いていた。きっとエイジの手が行き届いているんだろう。うちの職場とは大違いだな、と思う。どの机も書類が山になって、読みかけの新聞や雑誌が散乱している混沌とした空間。コーヒーや煙草の匂いが染み付いていないか、今さらどうしようもないことが気になってしまう。
しかしそんなことより、何を話せばいいのかわからなくなって詰まってしまった。顔が見たくて来たと言ってしまった手前、顔を見たから帰ったほうがいいのか? 用は済んだはずだろう。そもそもエイジは仕事中で、あまりに自分は場違いな気がする。ヤマトはしどろもどろになって「花……」と呟いた。
「おまえのおすすめで、花、えらんでくれねぇか。なんか、ブーケとかにして」
「もちろんです」
長袖のシャツの腕をまくって、花のような笑顔を覗かせる。店員と客、になってしまえばコミュニケーションは容易だった。ヴァンにはなにやっとんねんと呆れられそうだけど。
「――もしかして彼女さんに、ですか?」
店内の奥のスペースでブーケを包みながらエイジが手元に目線を落としたまま、でもはっきりと訊いた。
「そんなのいねぇよ」
微笑を混ぜて答えるとエイジの手が止まる。おずおずと紫の瞳がヤマトを見つめた。
「……そうなんですか?」
「ああ」
「じゃあ好きな女の子に、とか……?」
「それもいねぇよ」
女の子、は。
エイジは再び手元に視線を落とし「そうなんだ……」と答えを身体じゅうに沁み込ませるように呟く。
じゃあおまえは、と訊くのは怖かった。俺は彼女がいて――なんて言われたらここで終わってしまう。このくすぐったくてドキドキするような関係さえ続かない。大人なんやからこんなところでだらだらするな、とヴァンに架空の説教を食らう妄想をかき消した。駆け引きとか探り合いとか、そんなことを楽しんだって別にいいだろう。終わったら次へ次へと進んでいけるほどヤマトは器用じゃない。
「うまいんだな、おまえ」
また話題を見失って、とりあえず目の前でエイジがブーケを作る手捌きの感想を述べた。贈り物でもないのにくるりとリボンを巻いてもらうのを見ると申し訳なくなってしまうほど、魔法みたいに美しく整えられる。
「たくさん練習したんです。喜んでもらいたいから」
「そっか。すげぇな」
「――あの、日向さん」
男にしては華奢な指先がきゅっとリボンを結ぶ。エイジは両手を身体の横に下ろすとぎゅっと握りこぶしを作った。
「俺のこと、名前で呼んでくれませんか」
「え……」
「おまえ、っていうのも全然嫌じゃないんですけど……名前のほうがもっと嬉しくて……だめですか?」
「だめじゃねぇよ」
エイジ、と初めて呼ぶと声が震えた。はいと返事をしたエイジの瞳がほんの少し潤んでいる気がする。
なんだ、このいい雰囲気、みたいな感じ。
しかしそれを呆気なく崩してしまうのもまたヤマト自身で、再び下りた沈黙を破ろうとして「会計たのむ」と客と店員の会話に戻ってしまうのだった。
「また来てくださいね」
エイジは無垢に微笑み商店街の角まで見送ってくれた。それは客に対してなのか、ヤマトにだからそう言うのか――小ぶりながらしっかりとしたブーケを見繕ってもらった手前、残念ながら前者だろうと思わざるを得ない。
花なんて買ったのは生まれて初めてだったから、その処遇には少し困った。とりあえず家の中で一番背の高いコップを取り出し、水を入れて生けてみる。
翌日、早速店に出向こうと思ったけれど、やめておいた。連日花屋に通い詰める(しかも買い物は一度しかしたことがない)警察官の客ってどうなんだ、と不安になったからだ。これ以上家に花を増やす余裕もなければ贈る相手だっていないし、さすがにしばらくしてから出直そうと決めた。
その翌日は雨だった。共に警らに出たヴァンに店に行こうと何度かけしかけられたが断った。押しが足りないだのもっと積極的に行けだの散々なじられたが、だって行っても何を話せばいいかわからないし――って、中学生でもきっともっとまともな恋愛してる気がする。
そんなこんなで結局花を買った日から一週間が経ってしまった。
正確には一度も顔を合わせていないわけじゃない。二日前、警ら中で商店街の近くで信号停止しているとき、なにげなく視線を花屋にやったら軒先に出ていたエイジと目が合った。
エイジは一瞬驚いたような顔をして、でもフルフェイスヘルメットの下がヤマトだとすぐに気付いて、胸の高さで小さく手を振った。ヤマトはそれに会釈を返した。手を振ったり挙げたりするのはなにか違うような気がして。
あの日買った花はすっかりしおれてしまった。手入れが足りなかったのか、それとも花とはそういうものなのか、それさえヤマトにはわからない。
そろそろ、とはもちろん思っている。ただ結局、どんなシチュエーションが適切なのか決めあぐねている。警らの途中に『警察官として』店に寄るのも、仕事終わりに『客として』訪れるのも、なんだかこう――そうじゃない、というか……筆舌に尽くしがたいものがあるわけで。結局エイジが応対せざるを得ない理由を作ってばかりじゃないか。そうじゃなくてもっとこう……警官と花屋としてでなく、客と店員でもなく、エイジと接する機会をなんとか作るべきじゃないのか。その作り方も、そうなったときにいざどんな振る舞いをするかも、ヤマトにはよくわからないけれど。
エイジ、と、あれから名前を一度も呼べていないのに。
その日も普通に仕事をして、家までの道をいつも通り走って帰って、割引されていた寿弁当の唐揚げを食べて、それからしばらくして、もうひとっ走りいくかと家を出た。八月に差し掛かろうとしている街は夜でも暑い。タンクトップから露出した腕に薄い熱気がまとわりついてくるみたいだ。
普段からランニングコースとしてよく使っている河川敷を走り、同じ道を引き返しているとき、ふと思い至った。商店街の方を抜けて帰ろうか――と。
(会えるかどうかもわかんねぇのに)
でも勝手に足がそちらに向く理由を、ヤマトは言葉で説明できない。
もう花屋は(というか商店街のほとんどの店が)閉まっている時間だし、いや、でも閉店作業を終えたエイジとばったり――とか、なくはない。バーやスナック以外の店のシャッターが下りた商店街を駆ける。改めて治安のいい街だよな、とぼんやり思った。
花屋は商店街の出入り口付近の、大きな道路に面したところにある。角を曲がれば店が見えてくる、というところで、ヤマトは思わず足を止めた。翻り、他の店の影にとっさに隠れる。
エイジは店の前にいた。
店の前の道路に停まったやけに高そうなスポーツカーの前で、見知らぬ男と親しげに話している。
(どこのどいつだ……?)
暗がりで男の顔はよく見えない。というか、見えたとしてもそれが一体誰かなんてヤマトに知る由はない。
身長はエイジよりだいぶ高い。ヤマトと同じか少し低いくらいだろうか。時々顔のあたりが車の明かりを反射する。眼鏡をかけているようだ。
すらりと脚が長く姿勢がいい。シルエットだけで、そのへんを歩いている男と何かが違うと思わせるような。モデルかよ。いや、もしかしたら本当に芸能人かもしれない。高そうな車に乗ってるようだし。
人間より車を見分ける方が、ヤマトはまだ得意だ。価格帯まではわからないものの、そのへんの務め人がポンと買えるほどの車じゃないことはちらっと見ただけでわかる。明らかな『格』の違い。その上スタイルまで良いときた。顔は見えないものの、なんであれそれなりに手がかけられた身なりをしていることは想像に難くない。
エイジの口元はひっきりなしに動いている。相手の男は会話をリードするのもさぞスマートなんだろう。
男の手がそっとエイジのまるい頭に触れ、慈しむように何度か撫でる。エイジはそれを拒みも戸惑いもしなかった。
言い方を選ばず言えば、馴れ馴れしい手付き。エイジの頭なんて撫で慣れていますよと言わんばかりの気軽さ。そしてそれをされているエイジも、当たり前のようにそれを受け入れた。
そういう関係、なんだろうか。
じわりと、これまでかいていたのとは別の種類の汗がにじむ。
エイジが男から離れ、店の鍵を施錠し、そして、ごくごく自然な流れで男の車に乗り込む。
(…………まじかよ)
車はヤマトの目の前を走り去る。二人とも、もちろん物陰に潜むヤマトになど目もくれない。
街灯を受けてほんの一瞬見えた男の横顔は美しかった。長くともたった一秒しか捉えられなかったのに、すっと通った鼻筋や形の良い唇、シャープな輪郭が鮮明に焼き付いた。洗練されきった都会の男といった風体。隣でエイジは子どもみたいに無邪気な顔をして笑っていた。
友達――ということは、きっとないだろう。
エイジの頭を撫でるあの手付き。まるで自分のものみたいに自然だった。撫でられているエイジも、そうされ慣れているような雰囲気だった。恋人と呼ぶのが自然な触れ合い。店の前だからセーブしただけで、今頃車内で手を繋いだりキスしている可能性だって――いやだ、考えたくない。
しばらく立ちすくみ、呆然としていた。
恋人がいないと思い込んでいたわけじゃない。それが男で、しかも一目見ただけで自分に勝ち目が全くないと思わされるような奴だとは思っていなかったのだ。いるとしたら『彼女』だろうと思い込んでいたのはヤマトが悪いとしても――。
(勝てねぇだろ、あれには……)
とぼとぼと歩き出す。街灯に照らされ地面に映し出される自分の影は長い。さっきの男も背が高かった。何より、そのへんで履くもん買えんのかと訊きたくなるくらい脚が長かった。ほどよく締まった身体。がっしりし過ぎておらずしなやかで、身体つきからもうかがえるほどの品の良さ。
強者、という言葉が頭に浮かんだ。
見目も良くて、明らかに経済的なゆとりもあって、何よりエイジの頭を撫でるあの気安さ。付き合い始めて数ヶ月とかそこらな感じには思えない。
(結局、デキるやつが全部もってくんだよな……)
ふと脳裡に浮かぶのは兄の顔だった。あわててぶんぶん首を横に振ってかき消す。警察官なのに職質受けてもおかしくないな、これじゃ。
「ヤマちゃんに折り入ってお願いが――……」
「ああ、いいぜ、べつに」
「え」
バイクのメンテでいそいそと手を動かしていたヴァンが目線を上げる。ヤマトは首からさげたタオルで汗を拭いながらそっぽを向いた。そんなことより暑い。署内の車庫にもエアコンつけてくれんかな、とヴァンが冬に言っていた気がするが実現はしないらしい。麦茶のペットボトルに手を伸ばし「合コンだろ」と言うとヴァンはさらに目を丸くした。
「え、どういう風の吹き回し?」
「おまえがさそったんだろ」
「そらそやけど、一回は断られるていで聞いてたから」
「なら一回ことわってやろうか」
「ええわそんなん」
作業の手を止め立ち上がる。ヤマトに倣って冷たいお茶をごくごく飲むと、ヴァンは不安そうな表情をした。
「花屋の子となんかあった?」
「なんもねぇよ」
「ふられたか」
「ふられてねぇっての」
ああ、玉砕覚悟で一度告白してみてもいいかもしれない。まるで他人事みたいにそう思った。
エイジには恋人がいるらしく、どうやらヤマトでは太刀打ちできそうにないから彼女でも探すか――と思っているわけではない。ただこのまま塞ぎ込んでいるのが自分に良くない気がしたのだ。よくつるんでいるショウは本庁の捜査チームに加わって多忙だし、それなら合コンでも何でも、とりあえず羽目を外せる場がほしかっただけで。
「ははーん」
「なんだよ」
名探偵よろしく顎に手を添え、ヴァンが頷く。
「相手、彼女持ちやったか」
「……だから知らねって」
「いや今の間は図星やな。ヤマちゃんほんっまにわかりやすいな。で、告ってはないけど実質玉砕と」
「うるせぇしらねぇ」
ドン、とペットボトルを置いてヤマトもメンテにかかる。意味深な「ふーん……」というヴァンの呟きが背中に飛んできた。
「ほんでおれも彼女作ったろ、みたいな? まぁええんちゃう? 手も出されへん高嶺の花追っかけててもしゃーないし」
恋愛ってそういうもんかよ、と言いかけてやめた。おおよそ二十代後半の男のせりふだとは思えないと、自分でもわかっている。恋愛しましょうと集まってきた中から、じゃあそうしましょうかと選んでくっ付くなんてヤマトにはやっぱりしっくりこないが、でもそういう下心抜きで知り合った相手と恋愛に発展するよりは楽なんだろう。そりゃそうだよな。ほんの一瞬しか見えなかった運転席の男の顔を思い出す。あいつはどうやってエイジを口説いたのか。それとも逆か? エイジがあの男を落としたのか。もしかしたら男同士の出会いの場で、好みで惹かれてなんとなく――みたいなこともなくはないか。なんにせよ、エイジに繋がる糸を掴みとれたあの男が羨ましくて正直たまらない。
コンパはやけにこじゃれた創作居酒屋で行われた。ヤマトは一人じゃ絶対に行かないタイプの店。花屋からそこそこ近いな、と思ってしまった自分に辟易する。酒はあまり得意じゃないが全員『とりあえず生』から始め、周りより明らかに遅いペースで消費する。三対三で向かい合った女性陣は美人揃いだった。ちなみにこちらのもう一名は刑事課のナカミチという男だ。ヴァンより後輩でヤマトよりは先輩のエリート組。もちろん話したことはあるがプライベートについて話したことはない微妙な関係性。幹事のヴァンは方々に気を回しているし、ヤマトとしてはなかなか気が休まらない。六人じゃあひっそりと端の方で食事に集中するわけにもいかないし。その上、どうやら正面に座った派手な顔立ちの女に気に入られてしまったらしい。酒が進んでいないヤマトに気付いてお冷を頼んでくれた手前、なんとなく邪険にしにくくなってしまった――いや、こんな場で邪険にするもしないもないけど。
「ヤマトさん、すっごく鍛えられてますよね」
「あ、ああ、まあ」
「どんなトレーニングされてるんですか?」
「いや……ふつうに。腹筋とか腕立てとか背筋とか」
話しを振ってくれるのはありがたいが、踏み込んで話しすぎてもそこまで相手は興味がないだろう。ローストビーフを咀嚼しながら、女の小ぶりなイヤリングがやけにキラキラと目に痛い気がして視線を上げる。と、壁にかかっていた花が気になった。本物か偽物かよくわからないが、あの日エイジがブーケにしてくれたのと似た花が使われていたから。
「花、好きなんですか?」
女は自分の背を振り返る。と、その単語に隣のヴァンがぴくりと反応して一瞬苦い顔をした。
「好きっつーか……きれいだと思った、っつーか……」
「この近くに結構最近できたフラワーショップありますよね。エイイチの弟がプロデュースしてるっていう……」
「……エイイチ?」
「ヤマトさん知らないですか? アイドルのエイイチですよ。最近映画とか出てる」
知り合いか、と思ったがどうやら違うらしい。てんで芸能界に疎い大和は名前さえ聞いたことがなかった。しらねぇ、と素直に答えるとなぜか「かわいー」と言われる。なにがかわいいんだか。
あいつもおれと同じで弟なのか。で、兄のエイイチは芸能人。なるほど、ということはこの間の車の男はそのつながりで知り合ったのか? 一般人ではなさそうというヤマトの見立ては当たったようだ。ていうかエイジ自身は芸能人でもなんでもないのに(たぶん)アイドルの弟だからと注目されるのって大変だろうな、と妙な同情が生まれた。警察学校を出たとき、あの日向リュウヤの弟だと周囲から噂されたヤマトのように。
「でもヤマトさんみたいに強そうな男の人が花好きってなんかかわいいですね」
「あー……わるい、おれちょっとトイレ」
わかってたけど、だめだ。なんでなんにも知らない、興味のない相手とコミュニケーションを取らなければいけないのか。やっぱりこんなところに来た自分がバカだった。なんとか話を膨らませようとしてくれている相手にも悪い。場を半個室たらしめている御簾をくぐると、見知った顔が遠くに見えて足が止まった。
「……ヤマトさん」
店の入り口のあたりで、エイジの唇が確かにそう動いた。
女性四人と一緒だった。どれも花屋で見たことがある顔だ。店のメンバーと飲み会。距離も近いし、なくもない話だ。
エイジとスタッフたちに軽く会釈をし、トイレに向かう。
と、やたらと忙しない足音が追いかけてきた。
「あのっ、ヤマトさん……!」
Tシャツの裾を掴まれつんのめる。エイジは「すみません」と手を離した。
トイレへ続く狭い通路に他の女性客が歩いてくるのが見え、エイジを男子用の方に連れ込んだ。広めの手洗いが二つとその奥に個室、というつくりになっているので誰の迷惑にもならないだろう。
「すみません……あの、久しぶりだったから……会えて嬉しくて」
ド直球に射貫かれ、大和は言葉を失った。ただでさえ酒も飲んでいるし、女相手にろくに話せず自分にうんざりしていたところで、「ああ……」と生返事しか出てこなかった。
「ヤマトさんが来てくださらないなら、俺が会いに行くしかないと思って……でも、俺、ヤマトさんのこと何も知らなくて……。警察署に行くわけにもいかないし、もしかしてもうずっと会えないのかなって思ってたので……」
「わるい、いろいろあった……っつーか……」
いろいろ、の主な一つ――エイジの彼氏との一幕を思い出して苦い顔をしてしまう。エイジは申し訳なさそうにヤマトを見上げた。
「ヤマトさん、忙しいのに……勝手なこと言っちゃってごめんなさい。今だってお引き留めしちゃって……」
「いや、いいって。店も……おまえが――エイジがいいって言うなら、また行く」
「いいに決まってます」
熱っぽい瞳に見上げられ、挙句手をぎゅっと握られた。あ、と目線を落とすとすぐに離れる。
彼氏がいるくせに――いや、彼氏がいるから、だろうか? なにげない触れ合いがこんなに気安いのは。結局、また行くなんて約束してしまった。そんなの、未練が積もるだけじゃないのか。でも会いたかっただなんて言われたら嬉しい。嬉しいものは仕方がない。
結局、ヤマトも用を足したかったわけではないので連れ立って戻った。エイジたちの席とヤマトの席は近かった。あちらは半個室ではないオープンなスペースで、店の女性陣がきゃっきゃと楽しそうに料理を囲んでいる。別れる瞬間、エイジが御簾の向こうをなんとなく見やっていた――気がした。
「大丈夫ですか? お水、もう一杯もらっておきました」
正面の女のピアスが輝く。体調を心配する割に「帰りますか?」と訊かないところはちゃっかりしているというかなんというか。とりあえずもらった水を飲み干し、『無視しているわけでは決してない最低限のコミュニケーション』に努めた。それでも女は飽きず話しかけてくるし、ああ別に無理して会話を広げたりする必要ってないのか、と気付いたことだけが今日の収穫だった。後れを取り戻すように料理に手を付け(残飯処理ともいう)半分ほど残ったビールはヴァンが一瞬で空にしてくれた。
皿を空にしていくと、自然と「じゃあ二軒目に」という雰囲気になる。当然絶対に行きたくない。断るための文句を考えていると、先に御簾をくぐろうとしていたヴァンが「あれっ」と間抜けな声をあげた。
「あー、エージちゃん! こんばんは~」
どうやらエイジの存在に気付いたようだ。
「桐生院さんもいらっしゃったんですね。こんばんは」
「またきれいなお姉さま方と」
「ふふ、そうでしょう? 全員うちのスタッフですよ」
「あ、そうなんや」
その後ろを、ナカミチと女性陣が出て行く。ヤマトは最後に御簾をくぐり、「なぁヴァン」とひくい声で呼んで視線を寄越した。なんとかしてくれ、その合図。
「な、エージちゃん、ヤマちゃん引き取ってくれへんかな?」
「え?」
「見ての通り合コン真っ最中なんやけど、ヤマちゃんは数合わせでワイが引っ張ってきちゃったからもう帰してあげたいなって。知り合いに呼ばれてどうしても……ってことやったら女の子たちも諦めてくれると思うからさ、どうやろか」
ナイスアシスト。コンパを抜けるためにエイジを使うみたいでほんの一瞬気が引けたが、そもそも彼氏持ちなのに思わせぶりなことばかり言う方が悪いだろと責任転嫁して頷いた。
エイジの返事より先に、着席していた花屋の女性陣が口々に「オッケー!」「おいでおいでー」と大歓迎してくれているし。こんな神展開あるのか。
「はい、もちろんです」
エイジが答えると女性陣からささやかな拍手が起こった。こんな歓迎されてしまっていいのか? ヴァンは軽いウィンクを残して店を出て行き、ヤマトはエイジの隣に腰を下ろす。
「ヤマトさん、何飲まれますか?」
「おれ酒はあんまりだから、ウーロン茶にしとく」
「そうなんですね。ちょっと意外かも」
言いながら、エイジの手には生中のグラスが握られている。そっちのほうが意外だけどな、とは言わない。
「店長こそ、今日どうしたんですか? 普段は私たちとご飯行っても飲まないのに」
「ね、お酒弱いと思ってましたー」
「たまにはいいかなって」
ほとんど中身が残っていないグラスに口をつけてから、エイジのお代わりとヤマトのウーロン茶を注文する。その場の会話はほとんどが彼女らの旦那やら彼氏やらの話に終始し、エイジはそれにうんうんと相槌を入れながら聞いていた。普段飲まないという割には酒のペースが早い。
「日向さんは恋人いるんですかー?」
突然水を向けられ、「いねぇよ」と答える。すると「へー……」と意味深な三人分の声が揃った。
「やっぱり警察官って忙しくて恋愛とかしてられないって感じですか?」
「でもさっき合コンしてたじゃん」
「忘れられない人がいるとか? 最後に恋人がいたのはいつ?」
「ていうか日向さんの好きなタイプって?」
「あ、それ気になる~」
突然の猛攻に遭う。助けを求めて瑛二に視線をやると、だいぶ出来上がっているのかとろんとした瞳で見上げられた。
「どうなんですか?」
しかも追撃まで。
「いや……そんなにいろいろ訊かれてもこたえらんねぇし」
「じゃあ店長から一個だけ訊いてください」
促され、エイジは「うーん……」と顎に手を当てる。本気で悩んでいるのか、そんなにおれに興味があるわけじゃないくせに――と思ってはいるが、上目遣いになった瞳がかわいらしくてそれどころじゃない。
「……合コンどうでした?」
そんな、こてんと首を倒してかわいく訊くようなことか?
「べつに……あーいうの苦手なんだよ」
「そうですか」
わかりました、と(なにがだ?)頷く。大和の返事を待っていたスタッフ陣も「ほー」とか「なるほどー」と相槌を打っただけで、自分たちの会話に戻った。
「送っていくよ」
と、千鳥足のエイジが声を掛けると、花屋スタッフの女性陣は「誰が言ってるんですか」と笑いながらたしなめた。時刻は午後十時をまわったところ。それぞれがどこに住んでいるのか全く知らないが、エイジがこの様子じゃ女性陣はヤマトが送って行くしかないだろう。しかし彼女らはぶんぶん腕を横に振って固辞した。
「これから女三人で二次会なんで」
「宅飲みでそのまま泊まりでーす」
「日向さん、申し訳ないんですけど、店長のことお願いできますか?」
ヤマトが参戦しなかったらどうするつもりだったのか――いや、そのときはタクシーでもなんでも呼べばいいか。いざとなったら彼氏が駆け付けてくるかもしれない。対抗心に一瞬で火がつき「ああ」と請け合った。
「すみません、ほんと情けなくって」
足取りさえおぼつかないものの、ろれつはしっかり回っている。家の場所は聞かずにとりあえずエイジの隣を歩いた。徒歩で何分かかるか知らないが、一時間でも二時間でも付き合う。
花屋を横切って商店街を抜ける。会話らしい会話はなくて、でもそれでいいと思えた。沈黙が心地良いのが不思議だ。
「……手、つないでもいいですか?」
地割れでも起こったのかと錯覚するくらい、どきんと心臓が跳ねた。いや、童貞かよ。手くらいさっさとつなげや。……と、セルフツッコミしないとやっていられない。そもそもこいつは酔っ払いで、よろよろ歩くからさっきから心配だったんだ。安全のためだ……と言い聞かせて手を握る。飲み過ぎたせいか、エイジはぴたりと肩を寄せてきた。
暑い。歩きにくい。でもどうしてか、全然不快じゃない。
「大きい」
「……ん?」
「ヤマトさんの手。身長も」
握手みたいな握り方だったのが、指を絡める繋ぎ方に変わる。そう変えたのはエイジかヤマトか、判別ができなかった。自分が望んでそうした気もするし、エイジにするりと変えられてしまった気もする。
「大きくて、安心する」
ヤマトの肩のあたりに頭を擦り付け、エイジは楽しそうに言った。その表情とか、敬語がゆるくほどけた感じとか、体重をかけられていることとか、全部がたまらなかった。エイジの言動はいちいちヤマトのツボを押さえてくる。
「おまえがちいせぇんだろ」
「おまえじゃなくって」
「ああ、エイジが」
「そうです、その呼び方が好き」
酔ってる人間の言動なんて信用してはいけない。でも心が躍る感覚は本物で、ごまかせない。
浮ついた気持ちを冷ますために「花びん」と話を変えた。
「おすすめとかあるか? こないだの花、入れるのにちょうどいいのがうちになかった」
「ああ、じゃあ今度買いに行きましょうよ。陶芸家の知り合いがいるんですけど、すごく良くて」
やがて、細い川が流れる住宅街に行きつく。川べりには幹の太い木が並び、風を受けて揃ってさざめいていた。時たま通りすがる人が二人の様子を見て驚いたような顔をする。無理もない。どう見たって、付き合っている男同士が人目もはばからずいちゃついているようにしか見えない。
「なぁ、カレシおこんねぇの」
ぽつりと問うと、エイジは「えっ?」と顔を上げた。
「彼氏って……?」
「だから、付き合ってる男」
「そんなのいませんよ」
ゆっくりとかぶりを振る。嘘をついているようには見えなかった。エイジはヤマトの肩に頭を寄せたまま、視線を上げる。
「どうして、俺に男の恋人がいるなんて思ったんですか?」
「見たんだよ。エイジが店の前で男と話してるとこ。そいつはエイジの頭をなでて、どう見ても友達っつーかんじじゃなくて……それから、二人で車乗って……」
「……ああ」
心底可笑しそうに、でもどこか、夢の中にいるみたく嬉しそうに、エイジが笑う。
それから、「兄さんですよ」と、紫色の瞳を月に光らせて言った。
「え……」
「そのひと、背が高くて、眼鏡かけてませんでしたか? 車は外車で」
「あ、ああ、そうだ、そうだった」
「じゃあやっぱり兄さんだ。血は……半分しか繋がってないけど」
「そうなのか」
「うん。母さんが違うんです。だからあんまり似てなくて――……そっか、俺が恋人と、店の前でイチャイチャしてるって思ったんだ?」
鮮やかな紫色の瞳が意地悪く光る。心臓が、どきんと跳ねた。
そうか、あれは彼氏じゃないのか。確かにキスとか、そういう決定的なシーンを見たわけじゃない。芸能人なだけあって、目を惹くオーラがあって立ち姿でさえ周りと全然違うと思わされたのも頷ける。ぱっと見兄弟だとわからなかったのは片親が異なるからで――ああそうか、そうだったのか。
「俺に彼氏がいると思ったのと、最近しばらく店に来てくれなかったことって……何か関係あるんですか?」
答えはわかっていると言いたそうな口ぶりだった。
そうか――と、ようやく腑に落ちた思いだった。いや、ずっとわかっていたし、自覚していたつもりだった。でも今やっと輪郭を持ってはっきりした。
エイジに恋人がいないと知って安心した。だってそれは――エイジが好きだからだ。好きなだけじゃ足りない。好きになってほしいと願っている。おれのものにしたい。おれを、おまえのものにしてほしい。
寄りかかってくるエイジの顎を掴んだ。
唇を塞ぐ。アルコールの香りが鼻腔をくすぐる。
紫色の瞳が何度か瞬いて、それから、流れ星みたく落ちていった。
「えっ」
細い身体を抱きとめるのがやっとだった。エイジは文字通り腰が砕けた様子で、へなへなとヤマトの胸に崩れ込む。
「大丈夫かよ」
「……だ、って、初めてで……」
「キスが?」
「はい」
「まじかよ」
「……まじ」
エイジはうつむいたまま顔を見せてくれない。もう一度顎に指を這わすと「だめです」と制された。
「なんでだよ」
「恥ずかしいから……」
顎のラインを下りて指で首筋を撫でる。アルコールの回った身体はそれだけでびくんと跳ねて、なんだかとてつもなくかわいい。
「……関係ある」
髪をかき分けて耳もとで囁いた。
「え……なにが、」
「だから、さっきおまえ訊いただろ。おまえにカレシいるってかんちがいしてたのと、おれが店に行かなくなったの……あれ、関係ある。いやだったんだよ。エイジにカレシいると思ったら、すげぇいやだった」
「それって…………」
「やっと顔みせたな」
耳まで真っ赤にして瞳を潤ませ、恥ずかしそうに、それでもなお期待を孕ませて。
つまり、同じ気持ちだろ。確認するまでもない。確認するのがもったいない。この探り合うような時間が、さらに胸を高鳴らせる。
「もっかいキスしていいか」
「や、です」
「うそだろ」
「家、すぐそこだから……来て。キスも、それ以上も、してくれないといやだ……」
「……はじめてのくせに」
言葉を紡ぐ間も、呼吸が止まると思った。かわいすぎて。
華奢な手首を掴んで歩き出してから気付く。こいつの家を知らない。振り返ると、エイジは先導するように歩き出した。なんだこんな突然競歩みたいなことしてんだ――と思うと、シチュエーションにそぐわず笑えた。 大して互いを知らない相手と寝ることは、よくあることじゃないにしろ別に驚くようなことでもない。
でも、大して知らない男を好きになるなんて、これまでのヤマトにとってはありえなかった。
到着したのはひなびたアパートの一階の角部屋で、意外だった。どんな家に住んでいるのか具体的な妄想をしていたわけじゃないが、花屋の店長という肩書の割には質素な暮らしぶりな気がして。鍵を挿し、回すとガチャンと錠の下りる音がする。ドアが開くとふわりと花の香りがした。エイジのまとう、いつもの匂いだ。
ドアが閉まりきるより前に抱きしめた。夜風を含んだ髪を撫でる。室内はむっと暑く、でもぴったりとくっついているのがちっとも不快じゃない。浮かぶ互いの汗すら愛おしい。
「あの……好きです。俺、ヤマトさんのこと、好き……」
「んなの、今さら言わなくてもわかんだろ……」
体温が上がり、じわりとさらに汗が浮かぶ。
「うん、でも、本気だって……わかってほしくて」
「見てりゃわかるっての」
あんな初心な反応を見せる男が遊びだなんて思わない。むしろ本気だと証明するべきなのはヤマトの方で――でも、好きだなんて言葉にするのは恥ずかしい。わかれよ。わかってんだろ。押し黙っていると、エイジが胸の中で顔を上げた。
「ヤマトさんは? 俺のこと、好き……?」
「んなの、わかってんだろ……」
「でも、ちゃんと言ってほしい」
背伸びをして、唇が誘うように顎に触れた。わかってるくせに。
「好きだ。……エイジが、好きだ」
身体じゅうを巡る血が全部集まったのかと思うくらい、顔が赤くなるのが自分でもわかった。なんでこんな、初めてみたいに。子どもみたいに。エイジはこくりと頷き腕をヤマトの首に絡める。さらに強く抱きしめ、くちづけた。
息を継ぐ隙に「夢みたい……」とエイジが呟く。そのくちに舌で触れた。唇を舐め、それから咥内へ。歓ぶように窄めて迎えられ、そこの温度を確かめる。軽く舌を絡ませてから裏側を舐めると、抱き合った身体がまたぴくぴくと震えた。こんな性急で、何の技巧もないキスに。艶めかしい音が大きくなるのと共にエイジの緊張は解け、それから、またへなへなと脱力してヤマトの腕を抜け出してしまう。
「逃げんなって」
「逃げては、ないです」
玄関に座り込むエイジをそのままフローリングへ押し倒す。
「飲みすぎだろ。ふだんはあんま飲まねぇって言われてたのに」
「だって……俺が酔っぱらったら、こうやって連れて帰ってもらえるかもって、思って……」
「……おまえ、ほんと……」
Tシャツをたくし上げて素肌に触れる。橙色の玄関の灯りが下りた薄い身体がものすごくいやらしく見えるのが不思議だ。
「ここじゃやだ……」
両手を上げてねだられ、組み敷いた身体を今度は抱き上げた。部屋の最奥のベッドにエイジを抱えたまま腰を下ろす。白いカーテンの隙間から、ベランダに並んだ鉢が伺える。部屋にもいくつか花びんが飾られていた。イメージ通りの、きちんと整えられた無垢な部屋。そっと頬を包まれ、瑛二の唇が下りてくる。
「はじめてってほんとかよ」
「うん……引きました?」
「引かねぇけど……でも意外だ。モテるだろ、エイジ」
「女の子からは、それなりに……。でも俺、女の子は恋愛対象じゃないから」
「そうなのか」
「ヤマトさんは? 女の子と合コンしてたってことは……両方イケるってことですか」
「自分でもよくわかんねぇ。これまで付き合ったのは全員女だけど、でも、すげぇエイジが好きだ」
「……そのくらいの年齢になって、男がいけるようになることってあるんだ」
「おれがいくつか知らねぇくせに」
「ヤマトさんだって」
「まぁいいか、んなこと」
Tシャツの内側に手を潜り込ませる。汗をかいた身体。両手を挙げて脱がせ、それから身に付けたものを全てさっさと剥ぎ取った。カーテンの隙間から差す月明りだけがエイジのシルエットを浮かび上がらせる。膨らみもくびれもない身体。でも触れたくてどうしようもない。
「……や、あ、あっ」
胸の先端に舌を這わせると敏感に反応する。抱え上げた細い身体がぶるりと震えた。
「そこ、きもちいの……知らなか、った……っ」
「ん……すげぇ反応してんな」
視線を下腹部にやる。エイジの性器はすでにかわいそうなくらいに膨れ上がって天を仰いでいた。
手を繋ぎ指を絡める。ヤマトの手の甲をぐっと指圧するような強さに、エイジの興奮があらわれていた。乳首を含む咥内でさらに下品な音を立てるとその力はさらに強くなる。
「あっ、あ、だめ……っ」
甘い声にたまらなくなる。ヤマトも服を全て脱ぎ捨て、エイジを抱き起こした。あぐらをかいた上に座らせ、丸い頭を掻き抱くようにくちづける。
エイジは確かに不慣れで、だからこそかわいい。大きく脚を広げヤマトの上に跨ったエイジは、胸にもたれかかって見上げてくる。
「おっきいですね……」
「……なにが?」
「……全部。俺、すごく好きです……」
ヤマトの分厚い上半身を一周するように腕を絡めてくる。顔や身体を褒められて言い寄られるのは好きじゃないはずだった。でもむしろ、エイジにこの身体が好かれているのだとおもうとなんだかぞくぞくくる。それならば身体で応えてやりたい。エイジのことを何も知らないのに、好きで、好きで、どうしようもない。
「あっ……や、あっ」
二つの屹立を束ねて扱き上げると、月夜にうっすら浮かんだエイジの瞳が潤む。ベッドに投げ出していた細い脚が腰に絡んだ。
「ああ、んっ、やっ、や……っ」
「やじゃねぇだろ」
「や、じゃない……っ、いい、きもちい」
「おれも」
耳もとで囁くとエイジはさらに鳴くように喘いだ。
「あ、あっ、あんっ、ん」
「すげぇかわいい」
「だめ、そんな、んっ、ああっ!」
先端から先走りがあふれて、ぐちゅぐちゅと淫靡な音が滴る。エイジの短い爪が背中にぐっと食い込んだ。
「あ――あっ、俺、もぉいく、出ちゃう、出る……っ!」
血の巡る性器はびくびくといやらしく脈打っていた。エイジは予感に震え、ヤマトの手の中に精を放つ。
「や、あっ! あぁ――……!」
しなやかに背が反りまるでぴちぴち跳ねる地上の魚みたいだと思った。そのまま擦り続けるとエイジは胸の中でいやいやと頭を打ち振る。
「いま、まだ出て……っ、あっ! や、あぁん」
「でもまたすぐかたくなった」
知らしめるようにぐりぐりと先端を親指でこねまわす。射精に至ったばかりのはずの性器はすぐに硬くなってエイジの興奮と期待とを示した。そして二度目の放出はほとんど間を置かずに訪れる。
「ああっ、や、あっ! ごめんなさ、またすぐ……俺、いっちゃ……!」
「すげぇな」
「だってきもちい……あ! あっ、や、あ――ッ!」
エイジがきつく目をつむる。腰が前後に勝手に動くのを止められないようだった。唇を重ね、二度目の吐精へと導く。
全身で荒い呼吸をする細い身体を抱きとめた。
「……すげぇでけぇ声出てた」
「ん……ごめんなさい……声大きいの、だめですか……?」
「いや、つーかなんか……おれ、エイジみたいなやつがえろいの、すげぇ興奮するかも」
初めてのくせに誘うのは妙に上手くて。でもやっぱり行為には慣れていなくて。それでいて、清廉潔白のような顔をしておきながら発情期みたく喘いで。
たまらなくなる。そして止まらない。肩で息をする身体をひっくり返して後ろから抱きしめた。
「日向さ……」
「エイジ……おれもイきてぇんだけど……」
「うん……」
「……さすがにはいんねぇよな……」
双丘を指でなぞり、そこにたどりつく。男同士だからここで繋がるしかない。軽く指の腹で擦ってみると、当然、異物を受け入れようとはしなかった。
「そこ、自分で準備しといたら良かったですか……?」
「ばか。そういう意味じゃねぇよ……」
「でも俺、日向さんにも気持ち良くなってほしいです……」
「ん、するから……」
四つん這いの状態で高く上がった腰を掴む。思わず「ほそ……」と声が出た。もしこの先エイジと繋がることができたとして――壊してしまわないだろうか。こんなに脆くて繊細な身体を。
「エイジ、足ぎゅってしてくれ」
「ぎゅって……?」
太ももの間に性器を差し込む。その様子を振り返ったエイジは、顔を赤くして従った。
