虫の鳴き声がじりじりとうるさい。
これ、なんの声だったっけか。ここに住んでいた頃、夏になるとよく聴いていた声のはずだが、もう聞き分けできなくなってしまったようだ。特に愛着のない土地なのに、些細なことが侘しい。
「きつくない?」
「はい」
「じゃあこれくらいで」
離れの部屋の中から声が聴こえる。襖を開けるとクーラーがよく利いて涼しかった。両手を広げて直立し、浴衣を着つけてもらっていた瑛二が「大和」と声をかける。
「あ、動かないで」
「ごめんなさい」
ぎゅっと帯を締めながら、膝立ちになった男が瑛二を見上げる。紺色の浴衣が細い紐や帯で体に無理やり馴染まされていく。瑛二にとっては着慣れないものだから、動きを制限されているみたいでやりづらそうだった。
大和は畳に座ってすぐ足を崩し、台所から調達してきたアイスクリームの袋を破る。甘ったるいバニラ。おふくろ昔からこれが好きだよな、と懐かしい気持ちになった。
「もう終わりそうだな」
「自分の連れの着付けくらい兄貴がやってよ。あと寝転がってアイス食べるな」
瑛二に浴衣を着つけながら、畳にごろりと転がる大和をいなすのは、すぐ下の弟の冬馬だ。
「それくらい瑛二が自分で着れんだろ。おまえが勝手に世話やいてんじゃねーか」
「初めてだと帯とか難しいだろ。鳳さん、これで終わりだから」
立ち上がり、最後に襟元を整える冬馬は大和より小柄だが、それでも身長は百八十を超えている。体格も華奢な方ではないので瑛二と並ぶとその差が際立つ。
「ありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして」
「器用なんですね」
「うん、兄貴と違って」
「おいてめぇ」
「何で怒るかな。本当のことじゃん。じゃあ二人とも、荷物は隣の倉庫の中だから、よろしくお願いします」
瑛二に愛想よく微笑みかけ、兄の姿を一瞥してから部屋を出て行く。足音が聴こえなくなってから、瑛二が隣に腰を下ろした。なんで正座なんだと笑ってもしゃんと背筋を伸ばしたままだ。
「大和は着ないの?」
「おれも瑛二も浴衣だとうごきづらくなるだろ。あと今のサイズの浴衣もってねーし」
「昔のサイズのはあるってこと?」
「ん、あぁ……」
答える前に、急に溶けだして垂れそうになったアイスの端に舌を這わせて受け止める。あぶね、と残った全てを口の中に受け止めた。わざとらしく俯いた瑛二は耳まで赤い。
なんかへんな妄想してたな? そうからかうのは容易いが、甘いバニラに負けてすぐ声が出なかった。棒を咥えたまま、瑛二を指で示す。
「それ」
「え?」
「もともとはおれが着てたやつ」
「そうなんだ」
「中学生のころじゃね。たぶん」
「へー……懐かしい?」
「おぼえてねぇ」
腹筋を使って起き上がる。瑛二はアイスの棒を大和の口から引き抜いた。行儀が悪いからとかそういうことじゃなくて――唇はいつも空けておいてほしいから、だと思う。
周りを気にしながら軽いくちづけを交わす。「似合ってる」と、考えていたことがするりとこぼれて飛び出した。
本格的な下駄を履くと作業に支障が出るだろうから、ビーチサンダルを瑛二に貸した。サイズが大きいのでぺたぺたと、ペンギンみたいに歩く姿がたどたどしくて笑えてくる。
「……にしても、こんな日に来るんじゃなかったぜ」
滑りの悪い倉庫の扉をスライドさせながらうんざり息を吐く。
「ひさしぶりに実家帰った息子にたのむことじゃねぇだろ。うわ、昔よりなんかふえてやがる」
「おうちの人みんな忙しいんでしょ? 俺たちだけ休ませてもらうわけにいかないよ」
「おまえだけでも客らしくのんびりしてりゃよかったのに」
手伝いますと申し出たのは、瑛二自身だ。
たまたま丸一日とその翌日の午前オフが瑛二と被って、一緒に実家に行かないかと誘った。深い意味は別になくて、二人で海を見たりただのんびり過ごすだけで楽しいだろうと思ったから。たまには顔出しなよと弟から電話もかかってきていたし、仲間として瑛二を紹介しておきたかった。
バイクの後ろに瑛二を乗せるのは初めてだった。到着したら儀礼のように神社でお参りをして、裏にある実家で末っ子の誠人と飼い犬に出迎えられる。「にいちゃんの部屋もう半分物置になってるよ」と誠人が言った通り、大和が使っていた部屋はクリスマスツリーや暖房機器といったオフシーズンを迎えたアイテムが寂しげに並んでいた。
一泊して翌日の早朝には東京に戻る予定だったので荷物らしい荷物はないが、二人分布団が敷ける場所がないと困る、ということで離れを使用することになった。亡くなった祖父が使っていた建物だ。部屋に物をあれこれ置きたがらない人だったから、広い和室はがらりとしていた。
陽が落ちて涼しくなってから海に行く約束をして一時間くらいのんびりした頃、ばたばたと母親が帰宅した。前に会ったのは一年前だったか、二年は経ったか? はっきりしないが最後に見た時と変わりなかったので特に感動もなく「おう」と寝転んだまま片手を上げた。瑛二は立ち上がり、会釈よりもやや深い傾度で頭を下げる。
「おう、じゃないよ。大和あんた、結構気が利くじゃない」
「……なんの話だよ」
「祭りに決まってんでしょうが。早くこれ、倉庫の冷蔵庫に入れてきて。早くして」
「祭り、今日なのか」
「あんた忘れてて今日帰って来たの? まぁどうでもいいわ、来たからには手伝ってってね――あ、ごめんね騒がしくて」
ビニール袋を四つ大和に押し付けてから、母はぐるりと振り返る。立ち上がったままずっと待ち構える姿勢になってしまった瑛二を見つめ「鳳瑛二くんでしょ!」と笑った――指をさすな、指を。
「はじめまして」
「テレビで見るより可愛い。龍也も大和も芸能界の友達とか連れて来ないから――あー当たり前か。ゆっくりしていってね」
ゆっくりする雰囲気じゃないのはさすがに瑛二もわかるだろう。言いつけ通りビニール袋を倉庫の冷蔵庫にぶち込んでから戻ると、冬馬も合流して三人で談笑していた。親父は仕事で不在。いつものことだ。
「あの、もしできることがあればお手伝いしてもいいですか?」
え、と三人揃って瑛二を振り返る。祭りが何かも知らずに申し出るあたり、人のいい瑛二らしい。判断は母に委ねようと横目で様子を伺うと、「よろしく!」と親指を立てて二つ返事で了承した。人手が増えてラッキー!みたいな顔をして。よかった、と手を合わせて喜ぶ瑛二が無邪気に笑うので大和も悪い気はしない。
「そうだ、ついでに浴衣着てく? 手伝ってくれるのは助かるけど、雰囲気だけでも楽しんでって。冬馬、あの紺のやつ、まだどこかにあったでしょ」
「探してみるよ」
「言っとくけど人前にでる作業はしねぇからな、おれも瑛二も」
「当たり前じゃない。あんたら芸能人なんだし、うちもアイドルの息子使って注目を浴びたがってるとか勘違いされたら困るから、運搬だけ任すわ。あんた得意でしょ。じゃ、よろしく」
「……大和の家は、お母さんが強いんだね」
二人がまたばたばたと離れを出て行ってから、瑛二がくすくす笑った。これが日向家の「普通」なので、果たして母親が強いのかはよくわからない。男ばかりなのでどうしても腕っぷしでは一番弱いし――たぶんそういう話じゃない。
開いたままの襖の先の雲一つない空色を見上げ、それからぴしゃりと閉めた。まずは簡単に祭りの話をしておかないと。
「用意だけでも関われて嬉しいよ。俺、お祭りとか初めてだから」
歩く度にぺったんぺったん音のするサンダルで倉庫と神社を往復するのは意外と大変で、途中でスニーカーに履き替えさせた。出店や本部のテントは昨晩張り終わっていたのが幸いだ。
等間隔にぶら下がる提灯はまだ灯っていない。とはいえ一般の参拝客は時間を問わず訪れるので、倉庫から境内の関係者通用口までの運搬作業が二人の仕事だった。それぞれの出店で使用する備品は店主が自ら持ち込むルールになっているが、一部事前預かりを行っていて、それを運び出すのが一仕事なのだ。
「大和が子どもの頃からずっとやってるの?」
「祭りはおれが生まれる前からやってる。おれも小学生のころから近所の店の手伝いとかやってたな。じーさんばーさん多いから、運んでやらねーといつまでたってもはじまらねぇし」
「小さい頃から頼りにされてたんだね」
「たまたまおれが体力あったからだと思うけどな。神社もいそがしいからよ、冬馬はそっち手伝って、誠人は……あいつなにしてたんだろうな。おぼえてねぇ」
空いた方の手で頭を掻く。出店の店主名が雑にマーカーで書かれたビニール袋は倉庫からどんどん減っていって、これが最後の往復だった。
離れに戻って縁側に腰を下ろすと一気に力が抜けて、そのまま仰向けに倒れる。
「仕事よりつかれた、ありえねぇ……」
「お疲れ様。重い荷物、全部持ってくれてありがとう」
「べつに。おまえも来いよ」
くい、と浴衣の袖を引く。瑛二は素直に隣に倒れてきて、風を感じるように目を閉じた。甘いソースの匂いがここまでかすかにたどり着いて香る。まだ蝉が鳴いている。都会じゃあまり聴かない鳴き声だった。
「暑かったけど、こうしてると涼しいね」
「……だな」
薄く目を開けた瑛二は首を傾けてこちらを見つめる。目が合うと頬を赤らめるのが幼気でかわいい。手を伸ばして首筋を指先で撫でた。
「汗、かいてねぇな」
薄着なはずの大和は首筋や背中に汗が流れるのを感じている。
「あんまりかかないんだ」
「……知ってる」
ふと脳裏に浮かぶのはレッスン中の光景ではなく、二人でそういう行為に至っているときのことで、じわっと気持ちが汗をかく。瑛二の肌でてらてらする汗は大体が大和の肌から落ちたもので、「汚している」感覚にくらっとくる。
ぴたりと蝉の声が止んで、ゆっくりと夜に色を変える空がしんと静まり返った。蝉って、なんで揃って鳴き始めて揃って鳴き止むんだろう。
「……ここ、いつもなんか音がしてんだ」
「え?」
「おれの実家。客もよく来るし兄弟も多いしおふくろもうるせぇし、じーさんもうるさかった。いっつもだれかが話してたり、歩いてたり、音が、きこえんだよな。でも祭りの日の、この時間だけはすげぇしずかなんだよな」
「そうなんだ」
二人で目を閉じて、耳に神経を集中させる。タイミングを見計らったように再び鳴き出す蝉の声。あとは本当に、何もない。
「ガキのころ、祭りやってるこの時間がすげぇ苦手だった」
うん、と小さい頭が頷く。
「なさけねぇ話、するけど」
「いいよ」
「返事がはえぇよ」
「だって情けない大和も俺は好きだよ」
そっと頬を撫でられる。赤くなっているかもしれない。すごく、熱い。「ばかだな」と呟いた。照れくさくて。
「……さっき、話したろ。冬馬がうちの神社手伝って、おれはそのへんの店の手伝いしてたって。ガキのころからこの家、冬馬が継ぐことになってた。おれはぜってー継がねぇってガキのころから言ってたし、一番上も家でるまでは荒れてたからな、ふつうに考えりゃそうだってはなしだ。家継ぎたくねぇって言ってたのは強がりとかじゃねぇ。でもなんだろうな、年に一度、思いしらされる、みてぇなかんじ……おまえの居場所はここじゃねぇぞってな」
どうして今さらこんな話をしてしまうのだろう。瑛二にだけは知ってほしい。
付き合ってるから? 違う。理由はもっと単純だ。にこにこ笑うでも同情するでもない表情の瑛二を引き寄せすっぽりと抱きすくめる。動いた後なのにいい匂いがする。髪をくしゃくしゃと撫でた。
「昔のはなしだから気にすんなよ。今は自分の場所くらい、自分でつくれる」
「俺も、大和の居場所になれてる?」
腕の中で顎を上げて見上げてくる。
「十分、なってる」
「……よかった」
手を回しぎゅっと抱きつかれて、心臓の音まで届きそうだ。大和の胸元に犬みたいにじゃれついた後で、ぱっと両手を離してしまう。
「ご、ごめん! こんなところで……男同士でくっついてたら変だよね……」
「変、かはしらねぇけど、びびるだろうな」
もう一度抱き寄せる。だめだよと胸を押し返す両手の力が瑛二にしてはしっかり強くて、それなりの意思があるのがわかる。拒絶じゃなくて、この関係が見つかったら大和が困るだろうという配慮が。
「まだ誰もかえってこねぇから」
覆い被さると、全てを悟って目を閉じる。「おれのもの」って感じがして気分がいい。
「じゃあ……ちょっとだけくっつきたい……」
キスをする。かわいいことを言われてたまらなくなった。
身を硬くしてじっと受け止めているのが健気でさらにかわいい。大和のおさがりを着ているのが、またぐっとくる。
「瑛二、このまま抱いていいか」
「え……」
「ん?」
うん、と恥じらいながら素直に頷いてくれると思っていた。瑛二は襖を隔てた先にある部屋に視線をやる。
「なら、布団敷かなきゃ……。部屋で、ね?」
「このままここでしたい。……だめか?」
手を伸ばしてスニーカーを脱がせる。足を振って自分もサンダルを散らかした。
でも……と口ごもる瑛二の唇に、もう一度キスをする。
「たまんねぇよ……今すぐしたい」
「すぐ終わらないでしょ? 帰ってきちゃうよ……」
「祭りが終わるまでだれもかえってこねぇって。昔からそうだ」
「ほんと?」
「あぁ」
「うそ、ついてない?」
「ついてねぇ。おれだって見せたくねぇよ」
「じゃあ、する……。俺も本当はすごくしたかったんだ」
すげぇかわいい、と思った瞬間にはくちづけていた。浴衣を手際よくはだけながら、唇を下へ。首筋に吸い付く。痕にならない強さで甘噛みして伝える。欲しい。欲しい。今すぐぜんぶ欲しい。
額から汗が肌に落ちた。背中をすくって身体を持ち上げ、縁側に腰掛けた大和の膝の上で横抱きにする。細い両手が首に絡みついてきて、ああ幸せだと思った。信じてもらえていることや、頼りにしてもらえることが。ここが居場所だとわかるから。
もう一度キスすると瑛二は甘ったるく鳴いた。胸元に手を差し込むと、ダイレクトに尖りにたどり着く。……なんでだよ。浴衣の下には肌着を着用するのが一般的だ。大和が育てた小さなふくらみを初対面の冬馬が間近で眺めたのかと考えるだけで沸騰しそうだ。むかついて。
「あ……ッ」
くりくりとそこを弄る。大和だけが知っている、瑛二の好きな触り方。腰元で結ばれた帯から布を引き出して余裕をつくる。通気性の良い生地と肌の間に顔を埋め、赤く熟れ始めた乳首に唇で触れた。
「ん、っ……ん!」
くっと背中を反らす。その曲線がめちゃくちゃエロい。いつも見つめてしまう。しなやかな身体が大和の動き一つ一つに反応してたゆたうのが好きだ。
根元から舌先の方まで、使える部分を全部使って愛撫する。瑛二は左手の甲を唇に押し当てた。
「瑛二、いつもみたいに声だせよ」
ぶんぶんと首を横に振る。こういうところ、普段から強情だ。恥ずかしいという感情にどうしても勝てない。
「おれに声きかれんの、いやか?」
また首を横に振る。わかっている。
「だって……外、だから……」
「おれしかいねぇよ」
「大和の部屋みたいに、声、響くのも恥ずかしいけど……外って、自分がどんな声出してるか、わかんないの、いや……」
「おまえいっつもやらしい声してる……わかってんだろ?」
やめられないなら仕方がないので続行する。それに、やめられないのは今だけの話だ。そのうち声になんて構っていられなくなる。
ちゅくちゅくと立つ水音と、弱まってきた蝉の声と。ムードのないはずの後者にさえ劣情を掻き立てられまくって愛撫はやめられなかった。だからかすかに漏れる声に名前を呼ばれていると気付くまで、少し時間がかかった。
「……っぁ、あ……や、まと……やまとっ……?」
「んー……?」
「した……」
「舌?」
や、下か。瑛二が自分の腿を弱弱しくさすっていて、わかった。硬いふくらはぎを撫で上げ、そのまま中にすべりこませたかったのに、まとわりついた布が邪魔をする。どういう手順を踏んだか知っているので、きつく結んだ帯をほどくのは造作もなかった。下はさすがにすぐ裸というわけではなくてほっとする。
袖に両腕を通しただけの状態になった瑛二が、重たい浴衣の布をばさりと背中に追いやった。
「汚しちゃう」
「……もうぬれてきてるもんな」
「わかってるから……言わないで」
「なんでだよ。たまんねぇ……」
両脚を開かせ、大和の身体を跨がせるかたちに体位を変える。
ボクサーパンツの上から膨らみに指を添えると、今後こそ「ひゃっ」と素直な声がした。両手は大和の肩を掴むのに使われる。
「や……」
「……かたくなってきた」
「や、だめぇ……」
「ぐちゃぐちゃで気持ちわるくなってきただろ? 脱ごうな」
腰を持ち上げ、染みをつくった布を下ろすとそれに従う。こういうとこ、好きだ。征服欲じゃなくて、大和がしたいと思ったことを本当は瑛二もされたいと思ってくれていることが。
「あ、ぁあ……やぁ……っ」
筒を作った右手で高める。男の裸なんて、男の胸なんて、男のいくときの顔なんて、と若干の嫌悪すらあったのを、瑛二が易々と塗り替えていく。瑛二が気持ち良くなっていくとこ、好きだ。
「や、ぁ、あ……」
肩を掴んでいた両手が離れ、慌てて瑛二の身体を引き寄せる。二つの手はぴったりと性器を包むと、「汚れるから」と頼りない口調で言った。
「よごせばいいじゃねーか」
「だめっ、あ、ぁ、あ、でちゃう……」
申告通り、指と指の間から白濁がじわりとにじんで手の甲を伝う。性器から勢いよく出てくるときより、こうやってこらえきれない涙みたいに流れる方がエロいかも……と考えながら、手の動きをゆるやかにした。
肩で息をしながら、瑛二の頭がうなだれて、寄りかかってくる。
「手、よごれたな」
「うん……手は、いい」
「ふけよ」
Tシャツの裾を手元に誘導すると「だめだよ」と困ってしまう。潔癖じゃないのに、よくわからないところで真面目だ。
「このTシャツ、ユニクロで千五百円」
「……だから、拭いていいの?」
「おまえに汚されたいってよ」
「って、Tシャツが言ってる?」
「おう」
暑さにやられた、ってことにしておいてほしい。
瑛二はおかしそうに笑いながら、手を拭く――というよりは、手のひらでぐっと裾を掴む。そのまま持ち上げられ、されるがままに脱がされた。腹の割れ目を舌でつーっと舐め上げられ、うっとりした紫の瞳に射貫かれる。恥ずかしがりやなくせに挑発だけはかなり上手い。
「……指、いれていいか?」
返事の前に中指を口に含む。念のためにローションを持って来てはいるけれど、部屋の鞄の中で取りに行く余裕がない。返事の代わりに瑛二に手を掴まれ、濡れた指をぱくっと小さな口の中に咥えられた。この指、どうするかわかってんのかな――さすがにわかってるか。
「えっろ……」
そこに挿れられるために、腰を持ち上げて膝立ちになる。咥えられた指を小刻みに動かすと浴衣の布の中で腰が動く。その強烈ないやらしさに、早くぶちこんで突き上げて、犯したい。衝動に駆られた。
空いた方の手で再び性器を甘やかし、ぬるつくものを指に絡める。そっと後ろに這わせ、孔の周りをくるくると撫でてまわした。「んっ」と鼻にかかった声が聴こえる。
「なか、入らせてくれ」
こくりと瑛二は頷いた。咥内で可愛がられていた方の指で、ゆっくり侵入を試みる。
「……っん、ぁぁ」
「あー……やべー……」
「やまと、ぁ、あっ……ん――」
ぎゅうぎゅうしがみつかれさらにたまらなくなる。この場所は大和を覚えてくれていて、許してくれる。
早く挿れたい。その一心で、奥まで指を埋める。腰が砕けそうになるのを大和に縋って耐えているのが健気で可愛い。
こうして抱き合うとき、最初から今までずっと瑛二に「される方」にまわってもらって申し訳ないと思っているのだけど、この愛らしさを目の前にするとやっぱりだめだ。これしか考えられない。全部受け入れてほしい。
「は、ぁ、ぁあっ……」
ぬるぬると指を動かしながら、人差し指をそこに増やす。三本目まで、どうやって足していったかもう自分でもよくわからない。求められ、そうした。大和もしたかった。
爪を切りそろえた三本の指を出し入れしていると、がくがく腰が震える。浴衣の長い裾を巻き込むのを嫌がって払おうとする手を掴むと、「やだ」とはっきり瑛二が言った。
「よごれるの、や……」
「おれのだからか? 気にすんなよ」
「だめ、来年も、俺が着るから、だめ……」
「……おまえなぁ」
やばい、このまま溶けそう。もうそんなに暑くないのに。
「ほんともう、すげぇよ……おまえほんとたまんねぇ」
くっくっと指を中で曲げて擦る。浴衣の裾を後ろに流してやって、これで汚れないはずだ。
「すげー、えーじのなか、自分でぬれてるみてぇ」
「や、あ、ひぁ、あ、あっ」
「かわいい、すげーかわいい……」
中指を、瑛二の好きな場所の近くにあてる。本命の場所は指じゃ届かないけれどここも瑛二は大好きで。淡い電流を流されたみたいにぴくぴく身体を震わせるのが、すごく可愛い。瑛二は顔を真っ赤に染め上げて、大和をじっと見上げた。夕焼けに溶けていきそうだ。
「かわいいって、いうの、やめて……」
「なんでだよ」
「やまとの、お母さんに言われたの……思い出すから」
「かわいいって?」
「うん」
「はずかしがんなよ」
自分ももし瑛二の母親に言われたら照れてしまいそうなのを、棚に上げた。相手の育った場所で、しかも縁側というイレギュラー極まりない場所で事に及ぶなんてそりゃ落ち着かねえよな、と今さら思う。だからってやめるつもりはないけれど――顔を上げると幼い頃無心で登った山や母が手入れしかけてやめた庭が広がっていて確かにちょっと照れ臭い。お世辞にも美しい光景とは言えないのに。
いつの間にか蝉も鳴き止んでいる。二匹連なってとんぼが飛んでいて、あいつらもセックスすんだなと思うと興奮した。
指を引き抜くと、「んっ」と瑛二が声を出して、体勢を整える。反り返った性器が腹を汚しても両腕に引っ掛けた紺色の浴衣は無傷で、瑛二の律義さがおかしい。
「外していい?」
「いいぜ」
ベルトのバックルを外して、ファスナーに手がかかる。エロいことなんてなんにも知りません、みたいな顔をしてこうだから困る。大和が早く挿れたい気持ちよりも、瑛二が早く挿れてほしい気持ちが勝っている気がする。そんなの、計測できないけれど本気でそう思う。
狭い布に押し込められていた大和の性器は、取り出されると天を仰いでみなぎった。それをふにゃりと笑って瑛二が見ている。すげーエロい。早く犯したい。
「俺、手でしようか?」
完全に勃ちきってないとわかると、こうやって積極的なお誘い。じゃあよろしくと言いたいところだが、もう我慢できないし、役目を果たせるくらいには硬くなっていた。
「いい。瑛二んなかでそのうちでかくなんだろ」
「うん……そうして」
ちゅ、と幼気な音のするキスを交わした。
片手で腰を支えて、もう片方の指でふちを拡げながら挿入を助ける。瑛二が自ら腰を落とすのがもうたまらなくて、けれど目線をそらした先にあるのが見慣れた実家の庭だというのもいたたまれない感じがする。
「あ――、さきっぽ……」
はいった、と瑛二が言い切る前に腰を軽く動かす。本当は上で動いてほしいけれど、何かしていないと落ち着かなくて。
「んん――っ」
「……かわいい」
目の前にあった乳首を突くように舐める。おれのとぜんぜんちがう――と思いながら。こんなおいしそうな色じゃないし、ぷっくりしてないし、硬くもないし。しなやかな胸の筋肉に確かな雄を感じながら、ここを甘やかさずにはいられない。
逃げて行きそうな腰をがっしり抑え込むと、観念したように挿入を深くする。
「う……あー……、あ、やまと……」
「もっと、奥まではいりてぇ……」
「うん、きて……」
奥までぴったりはまると、全て許されたようで泣きたくなる。女々しさに呆れられると嫌だから瑛二には言わないけど。
どちらともなく両手を重ねて、突き上げた。快楽の波が押し寄せてくる。自らの熱が質量を増すのがわかる。それを一番感じているのは瑛二なのだと思うと、たまらなかった。
「あ――、あ、あぁ……。おっきく、なってきた……」
目を閉じて感じ入るのをじっと見ていた。穏やかな表情が濡れていやらしくなるのが好きだ。凝視されていたのに気付き顔を赤くする。思わず引き寄せてくちづけた。腰を抱き込んで、つながっているところを深く沈めたりちょっとだけ抜けるような動きをして、じわりと熱を広げていく。
「ひ、あ、あ、ぁう、ぁっ!」
「もっかい……いくか?」
「いく、いっちゃう……」
「いいぜ」
床に片手をついて身体を支え、もう片方で瑛二の性器をさする。
「あ――だめ、あ、あっ、あ!」
興奮が身体を下から押し上げて、白濁を散らすまでは一瞬だった。それでも律動はやめない。小刻みに揺らしてやりながら、脈打つ瑛二の熱を扱き続ける。
大和は、と、とろとろの甘い喘ぎ声の合間に聴こえた。イきながら高められて、どうしようもないくせに。
「っは……、すきだ、えーじ……」
「あ! ぁあ――……」
俺も、と言わせないうちに奥まで注ぎ込んだ。
二人分の荒い息だけが、夏をほどいていく。
白、赤、水色、と膨らませては水面に放っていく。瑛二は湯船から半身乗り出しながら、楽しそうにそれを見ていた。
「これで祭り気分楽しめるね~」
父がこだわって作った風呂場は、ビニールプールを広げて男三人で囲んでも十分な広さがある。瑛二に一番風呂を譲って居間でくつろいでいたら、誠人が風呂場に駆けて行くので着いてきてみたらこれだ。「ちょっとでも祭りを楽しんでほしくて」と末っ子に項垂れられると弱い。だからって、風呂場でヨーヨーを膨らませる羽目になるとは思わなかった。
「これで掬うんだよ」
「俺、こういうの初めて」
「ほんと? 俺すげー上手いんだぜ」
得意げな顔で、誠人はこよりでひょいっと白に花火を散らした模様のヨーヨーを吊り上げる。大げさなくらい驚いてみせた瑛二は本当にビギナーらしく、水中にこよりを突っ込みすぎて吊り上げる前に切らしてしまった。コツを教えながら誠人がプールに浮かんだ球をどんどん掬っていく。
「もっとガンガンヨーヨー作れよなー」
「すくったらプールに返せ」
「やだよー、えーじくんと勝負すんだから。ねー」
「よろしくね、大和。頑張って」
屈託なく笑いかけられ、あぁもうやってやると半ばやけになってしゅこしゅこ空気と水を入れていく。瑛二が楽しんでるならそれでいい。
プールの周りに吊り上げたヨーヨーが四十個も並ぶと誠人は満足したらしく、バケツにそれを全部突っ込んで持って行ってしまった。三晩くらい外に寝かせておくと勝手にしぼむらしい。対決は三十三対七で瑛二の大敗だった。
「あいつ、自分がうめぇの見せつけてドヤりたかっただけかよ」
プールの水を流し、空気を抜きながら大和はひとりごちる。瑛二はひとつだけ持って帰ることにしたピンクのヨーヨーを楽しそうに弾いた。
「楽しかったか?」
「うん」
「ならよかったけど」
「またやりたいな。今度はみんなとできたら楽しいよね」
二人じゃなくてみんな。でも全然嫌じゃなかった。むしろ大和も、みんなでしたい。二人きりでいる時の瑛二も七人でいる時の瑛二も好きで、どちらもちゃんと大和の居場所だ。
「大和」
ざぱっと音がして、瑛二が湯船から身を乗り出して近付く。濡れた髪から水滴が落ちるのがきれいだ。キスを求められ、応じると触れ合った唇がふふっと笑う。
「今日、くっついて寝ようね」
「おー……」
「なんで照れるの?」
「おまえがかわいいこと言うからだろ」
「ほんとにそうしたいだけだよ」
さっぱりと笑う。夏の涼しい木陰みたいな安心にこれからずっと包まれるんだろう。瑛二が許してくれる限り。それが嬉しくて、濡れた身体を抱きしめてまたキスをした。
