握り合った手がひんやりしていて驚いた。どうやらそれは自分も同じだったようで、肩を寄せ合った瑛二が吹き出す。
「大和、もしかして緊張してる?」
「……うるせぇ、瑛二もだろ」
「俺は緊張してるよ」
絡んだ指が手の甲を撫でる。眉を下げ、困ったように笑うものだからなんとかリラックスさせてやりたいとは思うけれど、緊張の種は同じなので二人して喉が渇かないように言葉を交わし続けることしかできなかった。
冷えた末端とは裏腹に、背中につーっと汗が流れたのがわかった。Tシャツ一枚しか着ていなくても暑いものは暑い。出がけに見た天気予報に「体温じゃねぇか」と突っ込んで瑛二に笑われた。
それでも繋いだ手を離したくないから不思議だ。
「にしてもおちつかねぇ」
ベンチに座ったまま振り返る。視線の先にはコテージが十棟ほど、絶妙な間隔を空けて立ち並んでいる。ログハウス風なのに洗練された上品さがうかがえる、しんとした佇まい。内装はきっと都内の高級ホテルみたくなっているんだろうとまだ入ってもいないのに予想できた。天井がいやに高くて、何の目的で取り付けられているかわからないプロペラみたいなものが回っていそう。この場所を指定してきた男の顔を思い浮かべながら、視線を目の前に広がる海に戻した。これも、プライベートビーチとか呼ばれるやつだ。
「兄さん、ここが大好きだから」
「ふーん……瑛二も来たことあんのか?」
「うん。でも俺は小さい時に、兄さんと母さんと三人で来たきり」
頷いて、瑛二が大和の肩に頭を預ける。首元にかかる髪の感触が心地いい。べたべたされると暑いし迷惑なだけだと思っているのに、瑛二にされるのはまた別だ。
共に出かけようと瑛一に誘われたのは一ヶ月ほど前のことだった。不自然に丸二日のオフが入っていたのはきっと瑛一の根回しのおかげなのだろう。一泊二日、割と近郊とはいえ瑛二と瑛一と三人で旅行するのはあまり気乗りがせず辞退したのだが、瑛一の方に連れがいると聞いて好奇心が勝ってしまった。
空いた方の手をぱたぱたと扇代わりにして風を送っていると「待たせてすまない」と涼しげな声に呼び留められる。
「兄さん!」
細い体がバネみたいに跳び上がるものだから、手で繋がれていた大和もつられて立ち上がる。うんざりするほど暑いのに、瑛一は長袖のシャツにきちんとしたスラックスといういで立ちで、見ているだけで周りの気温が上がった気がする。
というか、この手は解かなくていいのだろうか。ぱっと離すのもわざとらしいので逡巡して指を遊ばせていると、かえってきつく握られた。
瑛二は、兄の半歩後ろに控えた女性に笑いかける。
「瞳子さん、こんにちは。お久しぶりです」
瞳子と呼ばれた彼女がどうやら瑛一の婚約者らしかった。海の色より澄んだ青いワンピースの映える立ち姿に、ほんとに一般人かよ、と思いながら軽く頭を下げる。瑛一の隣にいてしっくりくるというか、誰が見ても瑛一の恋人だろうとわかるような並んだ姿の美しさ。
「瑛二くん、お久しぶりです。ごめんなさい、忙しいのに。今日はありがとう」
ゆったり微笑んでみせる。彼女は瑛二から隣に視線をスライドさせる。と、目が合った。
「こんにちは」
「彼は日向大和。俺の、恋人なんだ」
「日向さん、はじめまして」
微塵の動揺もなく、彼女は優雅に頭を下げた。恋人が同性であることを公言するのは昔ほど珍しいことではないし、もしかしたら瑛一からすでに聞いていたのかもしれない。大和の方が一人で勝手にうろたえてしまって(だって瑛二から恋人と紹介されるとは思っていなかった)頷くように会釈して「うす」と返すしかできない。
「瞳子です。よろしくお願いします。……素敵なお相手ね」
最後は瑛二を見つめてにっこりと微笑む。瑛二とあまり身長が変わらない。そういえば名字は名乗らないんだな、とふと気付き、すぐ思い返す。彼女もまた、鳳の一人なのだ。先週仕事で会った時にはなかったはずの指輪が瑛一の薬指に光っていて、太陽の光をきらきらと反射させた。
「何をそんなに緊張しているんだ、大和」
コテージの大きな窓に取り付けられた薄いレースのカーテンを開けながら、本気でおかしそうに瑛一が訊いてきた。兄弟そろって同じこと言いやがって。
「三人だけなら別にこうはなってねぇよ」
「瞳子か?」
「あの人自体がなにっつーわけじゃねぇけど……」
誰かに「恋人です」なんて紹介されたのは初めてだったから。あっけらかんと言える瑛二が意外だった。男同士だからって気後れしているわけではないはずだったのに、そういう点においては大和の方が他人の反応を気にしているのかもしれない。長い間一方通行だったから、というのもある。
口ごもる大和の言いたいことを察したらしい瑛一は、なにも言わずにバルコニーへ出た。ソファのそばに二人分の荷物を下ろし、大和も続く。今晩ここで一緒に泊まるはずの瑛二は瞳子と散歩に出かけた。談笑しながら浜辺を歩く二人の姿が見える。
「瑛二は元気か?」
木製の手すりにもたれ掛かり、弟の姿を眺めた後、瑛一は視線を大和に戻す。
「仕事は順調だろうか」
「なんだよ、おまえ瑛二とたまに会ってんだろ」
「あぁ。しかし頻度が減ってしまった」
「頻度ってな……」
とっくに成人した兄弟で、二人とも働いていて(しかも片方は芸能人という立場で)これまで週一で会っていたのが奇跡に近いのだ。今だって月に二日は兄さんとご飯食べてくるねと出かけて行くのに。
瑛一は紺の縁の眼鏡を外し、どこからか出してきた眼鏡拭きでレンズを擦るとふと笑みを浮かべる。人を困らせたい時の顔。瑛二に少しだけ似ている。
「大和と夕飯食べるから、と断られることが多くてな。俺はどうすれば良いのだろうな」
「わかったわかった、兄さん孝行しろって言っとくわ」
「大和さえ良ければまた三人で食事に行こう。あぁ、もちろん四人でもいいが」
「なら四人目はナギとかヴァンにしてくれ」
「あぁ、それもいいな」
ざざ、と波が寄せては返っていく音が聴こえる。
日傘を差した彼女と瑛二がこちらを見上げて手を振った。それに応えながら瑛一が「夢だったんだ」と呟く。
「夢?」
「将来、俺の家族と、瑛二の家族とで食事をしたり、旅行に出かけるのが。俺も瑛二も、お袋と三人では時々出かけたが、親父を含めて四人で何かするということはなかったからな」
すっと細くなる瞳は青い空を見上げていた。雲一つない空より、木々の明るいグリーンよりきらきら光る海より、その紫が鮮烈に感じられる。
「瑛二に好きだと言われてから俺も色々と考えたんだ。瑛二の気持ちに気付いてやれなかった後悔や、もし俺達が兄弟でなければ瑛二はどうしていただろうかと、ありもしないことを考えることもあった。たくさん無神経なことをして、瑛二を傷付けただろう。その数も深さも俺には計り知れなかった。だから大和には感謝している」
「だから、ってなんだよ」
「瑛二を愛してくれた。瑛二も大和のことがとても好きなのだと、見ていたら分かる。そして、俺の夢を叶えてくれた」
「おおげさだろ」
「そんなことはない」
眼鏡をかけ直し、愛おしい者たちの姿を見つめる。家族になる人と、もう三十年近くも家族としてそばにいた人と。愛の形は同じではないけれど、きっとそれはどちらも慈しむべきものなのだろう。
そして瑛一がいつか描いた夢のひとかけらに大和がいる。瑛二の家族として。ありがとう、と素直に礼を述べられると気恥ずかしいが誇らしくもあった。
それはそうと、と両肩を掴まれる。整った顔面が目の前にずいと近付くとかなりの迫力だ。真面目な顔してなにを、と悪い予想をしていると、瑛一が声を潜めた。
「新しい住所を教えてほしいのだが」
「んなことかよ。瑛二にきけばいいだろ」
「なぜか教えてくれなくてな」
「反抗期じゃねーの。LINE入れとくぜ」
スマホで手早く連絡を済ませる。住所を確認して瑛一があからさまに顔をしかめた。テレビに出るような人間が住む場所ではないと言いたいのだろう。しかし瑛二の職場から近い方がいいし、大和も不便はしていないので、結局前のマンションから一駅のところに移ることにしたのだ。
新しい住居の話をしながらコテージを出た。
部屋自体は狭くても問題なかった。買い替えたベッドも少し広くなっただけだし、あとはソファとテーブルがあればいい。しばらく部屋から姿を消した写真立てはテレビラックに再び置いて、隣に七人で撮った集合写真を増やした。
決め手は、と訊かれて庭だと答えた。一階の部屋にだけ広いベランダがついていて、そこがいいからと瑛二が決めた。下に住人が入ってくる心配もしなくていい。
「夜行植物? っつーのか、夜に咲くやつ、育てるんだと」
具体的な品種も聞いたが思い出せなかった。昔そんな話したよね、と言われたが記憶が曖昧だ。二人で桜のライトアップを見て、キスしたことは覚えているのだけど。
四人で軽い昼食を摂ってから、着替えのために瑛二とコテージに戻った。瑛一達は海には入らないと言う。はしゃぎすぎているようで恥ずかしいような、二人きりでむしろラッキーと喜ぶべきなような。
ビーチを含め、他のコテージやこの一帯を瑛一は貸し切りにしているらしい。やりすぎだろと思う反面、きっとやりすぎくらいでないといけないのだ。瑛一が婚約したことはまだ世間に知らされていないし、大和だって同じアイドルなのだから。他に人がいないのならばと海パンだけで海に向かう。瑛二は羽織っていたパーカーを浜辺で休憩していた瑛一に託すのかと思っていたら、浜辺までそのままの恰好だった。
「これ、ぬがねぇの」
胸元のファスナーを下げる真似をする。瑛二はその手に自分の手のひらを重ねると、ゆっくりと下に移動させた。うっすらとだけ筋肉のついた、瑛二の素肌だ。いつも見ているのと同じ。
「ちょっとだけ赤くなってたから」
「え」
「その……胸が。大和が触るから」
「うわ、わり」
脱いだパーカーを律儀に畳むその隙間から覗く乳首は確かにほんのりと赤く熟れていた。昨晩だって可愛がった場所なので当然といえば当然で、配慮の足りない自分への苛立ちとこんなところを真っ赤に染めた恋人への愛おしさが同時にせり上がってくる。
大和の手を取って「行こう」と引っ張る瑛二に続いて海に入った。
「すごい、透明」
ぱしゃっと水面を爪先で蹴って、瑛二が呟いた。見下ろすと、爪のかたちまではっきり見えそうだ。ざぶざぶと腰が浸かるくらいのところまで進み、どこへでも続いていそうな海の向こうを見つめると太陽の光を受けて鏡みたくきらきら輝いている。ぽつりと浮かぶ岩を指差し、「競争しよう」と瑛二が言った。
「あの岩までどっちが早く着くか」
「瑛二、ちゃんと泳げるのか?」
「泳げるよ!」
「んじゃいくか」
瑛二が泳ぎ始めたのを確認して、遅れて大和もそれに続いた。どこで追い抜かしたかよくわからない。先に到着して、近くで見上げるとそれは思っていた以上に大きかった。十秒ほどして追い付き、岩肌に縋るようにした瑛二と岩の頂上へ上がる。
赤くした胸を上下させて呼吸する姿をよこしまな気持ちで見ていると知られたくなくて、思い切り目をそらして海を眺めた。海面は空の色を映しているって本当なんだろうか。大和には違う色に見えた。名前の知らない鳥が陽気な鳴き声を上げながら旋回していく。
のどかだな、とまったりしていると、すっかり渇いてさらさらになった手のひらに腹を触られ「うわっ」と情けない声が出た。
「なんだよ、おどろくだろ」
「大和の身体ってこんな感じだったっけ?」
「ほとんど毎日みてんだろーが」
「でも明るいところで見る機会って少ないから」
だからってこんな真昼間に、さんさんと降り注ぐ太陽の下という超ド健康的・健全なロケーションで見つめるのはいかがなものだろうか。薄暗いリビングのソファの上とか、明かりを絞った寝室とか、互いの裸なんてまじまじ見る暇もないくらい興奮しきったバスルームとか、そういうロケーションだから普段は恥ずかしさも軽減されているのかもしれない。
「あんま見んなよ」
「どうして? こんなかっこいいのに。写真集とかじゃ、もっとぎりぎりまで脱いでるでしょ?」
「なんで知ってんだよ」
「全部持ってるから」
「あぁ……瑛二のオカズか」
「違うよ!」
顔を赤くした瑛二に否定されて、冗談のつもりだったのに本当のところはどうなのか気になってしまう。まず瑛二が写真集を持っていることも知らなかったし、引っ越しの時も気付かなかった。瑛二の荷物は特に少ないのに。開き癖のついたページとかあるんだろうか。知りたいような知りたくないような。
しばらく押し黙っていると、「本当に使ってないから!」と念押しされる。はいはいと軽く受け流し、肩を抱き寄せる。照りつける太陽のせいで濡れた肌はすぐに乾いてしまった。ほとんど衣服を身に着けないまま触れ合っているといつもの夜みたいだ。こんなに広くて明るい場所でも。
「あ」
「どうした?」
「兄さんが」
「すげぇ手ふってんな」
気付いて振り返す。ぴったりくっつけた体は離さない。瑛二が大和を見上げ、首筋にキスをする。
「しょっぱい」
「だろうな」
「眠くなってきちゃった」
「わかる」
「なんで泳いだあとって眠くなるんだろう」
「あぁ、プールのあとの数学とかな」
「よく覚えてるね」
くすくすと笑う。水から這い出たあとの、他の生物にでもなったようなあの感覚はなんなんだろう。教室を飛び出してプールに飛び込み、下校時刻までたゆたっていたいと何度も思った。そして今も。
「もどるか」
「え、もう?」
「ひからびちまう」
少し離れて手を引いて、二人で水に飛び込む。帰りは同じペースでゆっくり泳いで戻った。濡れた素肌の上からパーカーを着せてファスナーを上げる。二人しか知らない秘密みたいで子どものように浮かれてしまった。
部屋に戻って二人で昼寝をして、目が覚めたら辺りはすでに夕焼け色に変化していた。写真集の件であと少しだけ問い詰めて、互いにその気になればやるか、などと考えていた浅ましさがばれたのか、瑛二は爆睡する大和の顔をただ眺めていた。起こしてくれたら良かったのに。
夕食のバーベキューの食材は半分くらい大和が平らげた。初対面の瞳子とは特別言葉を交わすことはなかったが、始終和やかに食事をして、片付けして、瑛一たちとはコテージに向かう道の途中で別れた。
八時を回ったとはいえ夏の夜は蒸し暑い。からっと晴れた昼の方がまだ良かった。逃げるようにコテージに帰り、クーラーを入れてソファでしばらくだらだらしたあと、瑛二がミントを浮かべたアイスティーを淹れてくれた。
「瑛二、となり座れよ」
コースターを敷いてグラスを二つ置き、なぜかそわそわとまたキッチンスペースに戻ろうとする瑛二を呼び寄せる。あ、うん、と歯切れの悪い返事と共に瑛二もソファに身体を沈める。
「どうしたんだよ」
「え、なにが?」
「おちつかねぇってかんじだな」
「そんなことないけど……」
ふいと目をそらされる。四人で貸し切りなのにすっかり二人きりで遊んで寝こけてしまって、日が落ちて、兄達と別れた途端これだ。もっと瑛一と話したいことがあったりしたのだろうか。それとも、二人きりで過ごす瑛一と彼女のことが気にかかっているとか?
心が勝手に呼び覚ましてしまう瑛二の不安とか心配とかはもう仕方がない。それを隠してほしいとも思わない。むしろ自分には全部見せてほしい。けれど、そうされて大和が何も感じないかといえば、もちろんそんなわけではなかった。
「それより、お風呂どうする? 大和が先に入る?」
「けっこう広かったぜ。同時でいんじゃね」
「うん。じゃあ、お湯入れてくるね」
「や、おれがやる」
率先して立ち上がると、瑛二はこちらを見上げて丸い瞳を瞬かせた。別にいつもなんでもかんでも瑛二にやらせているつもりはないのだが、そんなに意外だったのだろうか。
そんな些細な気がかりが少しずつ積もってきて、まぁ風呂の中で訊けばいいかと蛇口をひねって湯を溜め始める。
部屋に戻ると、カーテンを薄く開けて、瑛二が窓の向こうの空を見上げていた。後ろから覆い被さるように抱きしめて、バルコニーへ続く窓の鍵を開ける。一歩外に出ると海の音だけが聴こえた。自然を遮る灯りが少ないからか、星がよく見える。
「大和、俺……」
Tシャツの袖を引っ張って、大和を見上げる。まっすぐに刺すような視線をふとずらした瞬間、瑛二はそちらから帰ってこなくなった。静かに振り返ると、いくつか先のコテージに灯りがついているのがわかる。ぼんやりと浮かぶ人影も。同じように、瑛一たちもバルコニーに出ているようだった。
会話が聴こえる距離でなくても、その姿はよく見える。遠くの星を指差した彼女の肩を瑛一がそっと抱いた。音が無いのがかえって美しい気すらした。彼女がそっと瑛一に身を寄せる。まるで映画のワンシーンのようななめらかさ。
笑い合って、二人はキスをした。
それを、どんな顔で瑛二は眺めているのだろう。見ない方がいいかもしれない、と思いながら視線を戻すと、すみれ色の瞳を細めて慈しむように微笑んでいて驚いた。
「瑛二」
思わず抱き寄せて胸に頭を押し当てると、「えっ」と瑛二が腕の中で大和を見上げる。お互い驚いた顔で見つめ合い、大和の口からも思わず「え?」と困惑した声がこぼれる。
「大和? どうしたの?」
「いや……なんつーか、あいつの、あーいうとこ、瑛二は見たくねぇのかと思ってた」
「ううん。すごくきれいで、見惚れちゃっただけ」
腑に落ちたように瑛二が笑い出す。けれど大和にはよくわからない。瑛二が一体何に憂いていた(少なくとも大和にはそう見えた)のか。
腕の中でしばらくじっとしていた瑛二が大和の首に両手を回す。全てを預けてもらえているみたいで、そうされるのが好きだ。キスをねだっているわけでもなさそうな様子で、瑛二は小首を傾げて言葉を探しているようだった。
「あのー……、どうしよう、なんて言えばいいのかな……、大和、俺の言いたいこと、わかる?」
「わかるかよ」
「だから、その……したいんだけど……」
なにが――とは、とうとう聞かなくてもわかった。けれど察せていないふりをする。その方がおもしろそうだ。
「なんの話だよ」
「……だから……大和と、セックス、したい……」
「しようぜ」
「……うん」
たっぷり焦らせば良かったのかもしれないけれど、大和の方が辛くなりそうですぐに賛成した。まだ夜空を見上げている瑛一達の姿を確認して、バスルームに連れて行く。服を脱がせ合ったり自分で脱いだりしながら、瑛二は饒舌だった。
「いつも気付けば始まってるから、どうやって誘えばいいのかよくわからなかったんだ」
「だからなんかそわそわしてたのか」
つーか、気付けば始まってるってなんだよ。笑い飛ばすと大和のベルトを外していた手を止めて「だって」と少し怒った顔で見上げる。
「多分、俺がやってとかやろうとか、言ったことってあんまりないよ。大和がうまく始めてくれるっていうか、やっぱり気付いたらもう始まってるんだもん。したいなって思ってたら、大和がするかって聞いてくれるから」
「今日だって、待ってりゃたぶんそうなっただろ」
「待ちきれなかったんだよ。お昼に部屋帰ろうって言われた時から、するのかなって思ってたから」
「ほんとえろいなおまえ」
すっかり服を脱いだ瑛二の、主張した乳首を指で摘まむ。それだけで唇から漏れるあえかな声をもっと聴きたくて、靴下を脱ぎ捨て、バスルームの扉を開けた。
円形のバスタブに肩まで浸かる。一度キスをすると、磁石に吸い付く砂鉄みたいに離れられなくなる。乳白色の湯の中でくっつくことができる部分は全部くっつけてめちゃくちゃに抱き合った。
「きもちいい……」
「……あのな、そういう声はあとからだせよ」
「大丈夫、なくならないから」
「声枯れてもしんねーぞ。そしたら明日兄さんたちにばれるからな」
「いいよ。本当のことだし」
と強気に言うところとか、あぁ好きだなと思う。肝が据わっているというか、時々自分よりずっと強い部分が垣間見える。身体を離した瑛二に押し上げられるように浴槽から出て、へりの部分に腰掛ける。湯船から半身を乗り出した瑛二がまだ目を覚まさない性器の先端にくちづけた。
「そういうことはできんのに、セックスしようって言えねえのな」
「もう始まってるから……。今からしようって言うのが、一番難しいんだよ」
ちゅ、と吸引の音をたてられ、腹から喉のあたりまでなにかが駆け上がるように震える。どんなことを言ったって身体は気持ちのいいことに従順で、瑛二の咥内で性器はすぐに質量を増していく。支えられなくとも天を仰ぐ姿勢になった熱のかたまりを頬張ったまま見上げられ、息が詰まる。片手は浴槽のふちを掴み、もう片方で形の良い瑛二の頭を撫でる。
「瑛二、うまくなりすぎだろ」
照れさせたくて茶化すと、かえってやる気を増幅させたらしい。舌と唇と指とを使って、的確に絶頂への最短ルートを辿らされている感じ。身体のことはなんでも知っていると思っていたのは大和だけではなかった。それでいて、顔を赤らめて見つめてきたり、気持ちよさそうな声を出したり、初々しさもまだ残っていてたまらない。
顔射してぇ、とあまりに身も蓋もなさすぎる想像をして、でもさすがに声にはしなかった。したいと言えばはいどうぞとすぐに差し出される気がして、それはまた違うと思う。
含んだものに対して小ぶりな口がきゅっと窄まり締め付けられる。瑛二が一際動きを大きくして、湯を揺らす音や細い身体が波を作る音がバスルームに反響する。
耳から、目から感じる甘ったるいいやらしさと直接性器に加えられる刺激に、ふつふつと頂点へ誘われる。
「あー……、やべ、えーじ、出る……ッ」
全てを瑛二に文字通り掌握されている状態で、抑えることは不可能だった。瑛二の口の中へ熱をどくどくと注ぎ込む。出せと言ってもそうしないのはもう知っている。先端を咥えたままごくりと嚥下する音が生々しい。残滓を舌に拭われ、びりびりと込み上げてくる熱に似た衝動に背を反らした。それを笑いながら見上げている瑛二の頬を軽くつねる。
「おまえな」
「飲んじゃだめだった?」
「まずいだろ」
「不味くないって言ったらうそになるけど……でも、大和が俺の口の中でいくの、好きだな……」
うっとりと微笑んでみせる。達したばかりの性器をちろちろと舌の先に舐められ、くそ、と呟いて瑛二の身体を抱き上げる。大和をまたぐかたちで膝に乗せ、主張を激しくした性器を握り込んだ。
「あ……っ、ん……」
「ここは?」
人差し指の腹で乳首を撫でるとこくこくと頷いた。触ってほしい、言葉の代わりに。
「あっ……」
「いいんだよな、ここ」
「うんっ」
乳首と性器を同時に弄っていると、手のひらに先走りが滴ってくるのに時間はそうかからなかった。ぬるついた指を背後に宛がい、繋がるところを探し当てる。指を挿れる前、瑛二がゆっくりと深呼吸をする。
「いたく、しねぇから……」
胸の尖りを指できゅっと摘まみながら、後孔のまわりでくるくると円を描く。うん、と瑛二が首を縦に振ってからゆっくり押し入らせていった。
「ぁう……」
「えーじ、平気か?」
「んっ、大丈夫……」
「奥、もっといいか?」
腰を上げて大和にしがみつきながら、瑛二はこくこくと頷いた。前からぼたぼたとこぼした先走りを足すようにしながら奥へと進める。関節の張り出した指はすぐに中の温度に馴染んだ。
「あ、ぁ……、大和、奥、もっときて、さわって……」
「ん……ここだろ」
「あ! ぁ、ぁん……そこ、そこきもちいいから……」
奥にある発情の種――前立腺を中指で擦り上げる。今にも跳び上がりそうな感じやすい瑛二の身体がどこも可愛い。二本目、三本目と解す指を足すことに瑛二は気付いていないのかもしれない。一番長い指で一番好きな場所を押し上げると華奢な身体は大和の上でびくびく震えた。
「ゃ、ぁあん、奥だめ、すき……っ」
同じタイミングで乳首をぐぐっと埋没させるように押し込むと嬌声はさらに大きくなる。肉の少ない背をこれでもかというくらい反らせ、顔を真っ赤にして。
「な、いれていいか」
「んっ、ぁ、いいよっ……」
「一回、ぬくな」
「あ、ぁああっ……」
三本の指を揃って引き抜く。この動きも気持ちいいのだ。胸元に添えていた手で腰を支え、「つーか」と見上げた。
「瑛二がじぶんでいれてくんなきゃな」
この姿勢でいる以上、瑛二が腰を落とす他ない。瑛二の中に入りたくて待ちわびていた性器は張りつめてみなぎって結合に備えていた。わかった、と頷き、両肩を掴まれる。もちろんつるっと入るわけはなくて、ふちを指で拡げて腰をそろそろと下ろす瑛二を手伝った。
先端だけを咥え込み、瑛二がやっと息を吐く。
「はいった……?」
「ちょっとだけな」
「おっきくて気持ちいい……」
「まだがんばれるか?」
「うん」
うなだれるように近付いてきた唇とキスをして、瑛二は再び腰を落としていく。小さく漏れる声がまた愛しい。繋がりが深くなるほどに瑛二の眉間のしわも深くなる。挿れられる側の気持ちや感覚が大和にはわからないけれど、痛いんだろうということはわかる。それを、大和とだから、受け入れてくれていることも。
ぴったり奥まで結合して、瑛二は荒い呼吸をした。頭と背中を撫でてやるととろけそうに笑う。血の張り巡らされた性器はそんな顔にいっそう悦んでしまう。
「どくどくしてる……」
「えーじ、つかまってろよ」
「ん……」
ひとつに繋がったまま湯船に身を浸ける。ぬるい湯の抵抗の中では動きにくくて、乳白色に何もかも見えなくなるのも嫌で、すぐに瑛二を抱きかかえたまま立ち上がった。
「やっ!」
しなやかな両脚が背中をホールドするように絡み付く。落ちないように、落とさないように、互いに必死で抱き合いながら、腰を突き上げた。
「や! あぁっ!」
「な、えーじ、初めてだよな」
「ぁん、っあぁぁ……、なに、が……っ」
「こうやって、すんの」
「ひ、ぁっ……ぁん……」
いっそう深く貫く。座って向き合って、なら何度もやったことがあるけれど、立ってとなると経験がない。体位で変わるものなんて挿入の深さくらいかと思っていたのに(しかもこの体勢では奥まで届かない)、ぎゅっと抱き縋る瑛二の姿に興奮を煽られる。
「あっ! ぁ、やぅ、あぁッ」
「きついか?」
耳元に問いかけると、首を大きく横に振る。下から上へ腰を押し上げるようにして抉って、ふるふると揺れる身体が解けていく。音の響く密室で、震える嬌声が耳を刺激した。
「やまと、ぁ、あ、ぁん!」
瑛二を浴槽のふちに座らせる。大和の腰を挟み込んでいた両脚はするりと解けて繋がった部分をさらけ出すようにゆっくりと開いた。熱のかたまりを飲み込んだところを見せつける姿勢で、瑛二はひたひた湯の流れる床に後ろ手をついて背を反らせる。下腹部で主張を激しくした瑛二の性器を左手で扱き、律動の速度をゆるくした。
「あぁぁ……、ん、きもちい……」
「いきてぇだろ」
「うんっ、いきたい……いっぱい、いきたい」
「いっぱいいかせてやるからな」
太いものを咥え込んだ後孔は、グロテスクにも見えるはずなのにとても健気なものみたいな気がして目が離せない。腰をつかみ慎重に抜いて、ひくひくと求められているのを確認してまた深く穿つ。欲しがるようにぎゅっと締め付けられると浅ましい雄の象徴はそれだけで善がった。瑛二の中に沈めていた己を引き抜いて、また押し込んで。その繰り返しがどうしてこんなに愛おしいのだろう。
「はぁ……っ、いっちゃう……!」
言葉とほぼ同時に、手のひらの中で瑛二は射精した。
「あーっ、あ、ぁんっ……!」
「もっと、いけんだろ」
「うん、もっとして……」
「えーじ、すげーすきだ」
なにが、どうして、こんなに。答えなんてないけれど、好きで好きで好きで満たしたくて。満たしてほしくて。それがすべてだった。受け止めるから、受け入れてほしい。おれだけに。これからも一生。
「ぁん! あ、ぁっ、や……」
きゅうきゅうときつく吸われて求められ、抽挿のテンポをうんと速くした。いつだったか、愛されることが幸せだと言っていた瑛二にどれだけ深く想っているか伝えたい。もう一瞬たりとも心配になんて思わなくていいくらい、わからせたい。刻み込みたい。なにも忘れなくていいから。
「やまと、あ! ぁ、やっ……はやい、ぃあっ、ぁあ!」
「すきだ、瑛二、好きだ……」
「ん、ぁあ! や、ぁあ、っん!」
手のひらの中で瑛二の性器がどくんと脈打って、ぬるぬると白濁が指と指の間を伝って流れる。達した、その瞬間の顔を足の間からじっと見つめていると目を開けた瑛二と視線が絡んだ。みるみるうちに真っ赤に染まる頬に手を伸ばしたい。性器を引き抜いて、抱き寄せて、愛おしい気持ちは自然と声になった。
ものすごく雑に体を拭いて、吸水性の良いタオルみたいな備え付けのガウンを羽織り、ベッドに転がる。
まだまだ足りないのはお互い同じで、唇を重ねながらふたつの性器をふたつの手のひらでまとめて擦り上げる。気持ちが良くて、幸福だった。
「ねぇ、大和」
「ん?」
鼻先に唇を寄せるとくすぐったそうに笑う。間違いなく今この世界で宇宙で銀河で一番幸せなのっておれだろ、と確信した。
「俺、ほんとに大和の写真集……変なことに使ってないからね」
「はっ、それまだ気にしてたのかよ」
「笑わないでよ……。だって、大和、仕事で真面目に頑張って撮影してるのに……」
「そりゃあ、しらねぇオッサンとかがおれので抜いてたら引くかもしんねぇけど……瑛二に使われてんならいやじゃねぇよ」
「でも俺はしないよ」
下唇に瑛二の舌が触れる。なんで、と思って見つめていたら、瑛二はどうしてわからないんだろうとでも言いたそうだった。
「一人でしなくたって大和がいるから」
「……そりゃそうだ。瑛二、もうおれとじゃないといけねぇしな」
「うん、そう……」
冗談めかしたのを本気で肯定されて、かえって照れ臭い。それを隠すために発情を促して握り込んだ性器を強くこすった。キスしながら、瑛二がどろっと白濁をこぼす。
「きて、大和。いれてもらうのが一番好き」
「身体、平気か?」
「まだ全然大丈夫」
両手の指をしっかり絡ませて、脚を開いた瑛二に迎えてもらう。挿入の瞬間、くびれまでを飲み込ませる間だけ苦しそうに息を詰めて、それからはずっと二人で笑っていた。
奥にある発火点をこすり上げると瑛二は力なく達してしまい腹に体液が飛び散る。熱に浮かされ濡れた瞳を力強く開いて、大和だけ、と口走った。
「おれが、どうしたって?」
「大和、だけ、俺、おぼえてるから……っ」
「あぁ……」
「こうやって、きもちいの、大和だけ、だから」
「他のやつにさせるかよ」
律動の速度を上げて、ぐ、と奥まで突き上げる。大和の好きな力加減で絞られるのがたまらなかった。
「う、ゃあっ……! ぁあん!」
「あ……ッ!」
「ぁあっ、中に、だして、ね……ッあ、ぁっ!」
好きだ、という気持ちが一緒にあふれていく。止めることなく注ぎ込んで、呼吸を塞ぐようなキスをした。
触れて、同じ気持ちを分け合える。それがどれだけ尊く幸せなことなのか、互いに身体と心にわからせるように強く強く抱き合って離れなかった。
ベッドに腰掛けミネラルウォーターを飲んでいると、ガウンの背中の布を引っ張られた。
「俺にもちょうだい」
「ん、起きて飲めよ」
飲みかけのペットボトルに口をつけてから小さく息を吐く。行為と処理を済ませ、着替えたガウンの前のボタンはきれいに全部とまっている。
どちらともなくキスをして、抱きしめ合う。エスカレートしたらもう一度始めてしまいそうで、唇と唇で触れ合うだけに留めた。
あのね、と瑛二が嬉しそうに大和を見上げる。シーツを撫でた手のひらはふかふかの枕の下に潜り込んで、手のひら大の「それ」を取りだした。
「ちょ、っと待てよ、瑛二……」
深い赤をした手触りの良さそうな「それ」が箱であることはすぐにわかった。そしてその中身も。
瑛二はためらわずそれを開けてみせて、大和に合わせた直径の指輪を取り出す。ベッドサイドの明かりだけをつけた寝室ではそのデザインはよくわからない。ただ、指輪だ、とそれだけだった。左手を取られ、どぎまぎとストップをかける。
「ちょっと待てって」
「……嫌だった?」
「んなわけねぇだろ……。ただ、おれなんも用意してねぇ」
「そんなのいいんだよ。交換しようって決めてたわけじゃないし、俺も、見返りがほしくて渡してるわけじゃないから」
「見返りってな……」
言葉選びが正しくない気はしたけれど、何がどうおかしいのか説明できなくて結局折れた。ただこういうことは大和が率先してやると思っていた、それだけだ。
「大和のことが好きだから、受け取ってほしいんだ」
左手の、薬指。サイズはちょうどぴったりで、指輪がそこにはまった、それだけなのに特別な約束を交わしたような、何かが生まれたみたいな、次元をも超えた感動が押し寄せてくる。やばい、泣きそう。と思っていたら、大和の左手をぎゅっと握りしめた瑛二の頬に涙が伝った。
「ありがとう、大和」
右手で瑛二を抱き寄せる。どうして涙が出るのか、わからないし瑛二に聞いてもきっと理解できない。複雑なメカニズム。嬉しい。悲しい。悔しい。好き、という気持ち。それが届かないこと。それを曲げないこと。それが通じ合わないこと。重ね合うこと。それらを丁寧に丁寧に織り交ぜて繋がり合っていく。全てに、触れられる幸せを一緒に重ねていく。
瑛二の左の薬指の付け根に唇を寄せた。
前にもこんなことがあったなと思い出しながら。
「愛してる」
大和と、瑛二のために誂えられた言葉では決してないけれど。大和は、瑛二を。瑛二は大和を。ただ慈しみ愛してる。
空を映した海に星が流れた。見なくてもわかる。きっと奇跡はあちこちで起こっている。シンプルに、信じている。
異なる拍を刻む心音が重なる。
隣にいる。
目が覚めた朝も、幾重に折り重なる夜もずっと。
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