全員の手元に飲み物が行き渡り、手短な挨拶があって、乾杯。「とりあえず生」に混じって運ばれてきたレモンサワーのグラスを周りのジョッキと一通り合わせたあと、ようやく口をつけられた。さっぱりしていておいしい。一杯目からビール以外を一人だけ注文しても「若いからねぇ」で済まされるから良かったなぁと思う。あと、大きなジョッキでぐいぐいビールを飲む姿を連想させにくいすがたかたちとか。
ドラマのクランプアップ後の打ち上げの席では、わいわい騒ぐタイプでない瑛二は基本的に周囲の聞き役に徹することにしていた。話を振られれば受け答えはするが、当たり障りのない言葉を選ぶ。酒の席での大人達の豹変ぶりや無茶ぶりなんかは、先日二十歳を迎えたばかりの瑛二にはまだ慣れなかった。
少し離れたところで、共演者やスタッフと談笑する大和を見つめほっとする。早く終わらないかなぁ。この時間が嫌だからとかじゃなくて、単純に、大和と二人きりになりたい。事務所の寮に帰るタクシーの中だけでいいから。
一次会は二時間もしないうちにお開きになった。駅に向かう者、二次会に流れる者、と分かれる中に大和の姿を見つける。大和が帰るならこのまま一緒に帰る。二次会に顔を出すなら一緒に連れてってもらおう。
大和、と声をかけると、振り返った大和も瑛二を呼んだ。嬉しくなって「うん」と返事をすると、手首を掴まれ、くしゃっと何かを握らされる。
「タクシー乗って先かえっててくれ」
「え?」
右手の中に、タクシー代には十分すぎる紙幣たち。子どもにするようにぽんぽんと頭を撫でられ、言い返す暇もなくスタッフの群れの中に大和が消えて行く。
――なんで?
――ていうか……どこ行くんだろう。
この間、同じ番組の、もっと少人数で飲んだ時は三次会まで一緒に顔を出して、そのまま一緒に帰った。あの時気が緩んで飲み過ぎてしまったから? それを悔い改めて今日は一杯に留めたのに。それとも違う理由があるんだろうか。
お札ごと手をジャケットのポケットに突っ込んで、飲み屋の灯りに溶けていきそうな姿を追った。
見知った顔の団体(といっても五、六人くらいまで減っていた)は、あるビルの前で足を止め、吸い込まれるようにエレベーターに乗り込む。看板には店名が書いていないし、客引きもいない。でも瑛二は知っている。知ってしまっている。ヴァンが前話していた、『業界人御用達、可愛い女の子のおるお店』の特徴に見事に一致してしまっているから。
でも、一口に『女の子のいるお店』にも色々あるわけで。ただし経験ほぼ皆無の瑛二にはその手の知識がなく、妄想ばかりが膨らんでいく。カウンターの向こうできれいなお姉さんが接客をして時々席まで来るだけの店もあるという。けれどそんなライトな店を、大和はさておき他のメンバーが選ぶかというと甚だ疑問だった。
「とりあえず帰ろ……」
行動を口にしないと足が動かなくて、呟いた。人の行き交う夜の街では飛び抜けて目立ってしまうこともなく助かった。
通りでタクシーを拾って、大和の自宅の住所を告げる。
すっかり醒めてしまった酔いを、もう一度取り返したい気分。
*
「お客さん、着きましたよ」
運転手に声を掛けられ気が付いた。支払いを済ませ車を降りると、案の定、自宅に電気がついている。あいつのやりそうなことだと思った。そしてその予想が当たっていることが嬉しい。
鍵を開けると、玄関にきれいに揃えた靴が置いてあった。サイズの違う自分の靴を隣に並べ、リビングに向かう。狭い部屋なのでリビングとキッチン、寝室は繋がったワンフロアで、いつものようにソファに座っているかと思っていた恋人はベッドに丸くなっていた。キッチンの流しには缶ビールが二缶。五百ミリの方。飲んだ後に洗っておく余裕はあったようだ。
「えーじ」
手のひらでベッドを軋ませながら覆い被さるように近付くと、眠っているのかと思っていた影が動いた。いつもならもっと爽やかに出迎えてくれるから新鮮だ。拗ねてベッドで寝こけた恋人に迎えられるのも悪くない。
「すねてんのか」
「怒ってます」
「なんで敬語なんだよ」
「知りませーん……」
寝返りを打って、小さな背を大和に向ける。これは本当にご機嫌を損ねてしまったらしい。
「ほんとのほんとに、怒ってるから」
「置いてかれてさみしかったんだろ。悪かったって」
一次会の間も、五分に一回はこちらの様子を伺っていたし、二次会に流れる前にも大和の姿を必死に探していた。そのいじらしさが可愛くて勝手に優越感に浸ったりして。もちろん同じ分だけ大和も瑛二の姿を見つめていたことになるのだけれど。
まるい頭を撫でてやると、細い体は跳ね起きて、シーツがずるりと落ちた。
「違うよ」
「……なにが」
「いかがわしいお店、行ってたんでしょ」
「いかがわしいっておまえな」
……いや、いかがわしくないとは言い切れないけど。そこはまぁ、主観と楽しみ方によるので何とも申し上げられない。
瑛二が顔を赤くしているのは酒のせいか、怒りからか、恥じらい――ってことはないだろう。はっきりしない大和に業を煮やしたのか、「正座」とベッドをぼふぼふ叩きながら言った。従ってベッドの上で正座して向き合うと、瑛二も同じ姿勢になる。広いベッドなのに膝が触れ合う距離。大和と瑛二のいつもの距離だ。
「そういうお店に行かないでって言ってるんじゃないよ。でも、隠して行くのはいやだ」
「……次はおまえも行くか?」
「やだ。ほんとは、次があるのもいやだ」
「だよな」
「かわいい女の子、いた?」
「いたかもしんねぇけど、レベル高いのは大体えらいさんの横だからな」
「ふーん……」
歯切れの悪い返事。瑛二の気に障ることを言ったのは分かっていた。
足を崩し、瑛二に近付く。まだ終わってない、と言いたかったのだろうか。「まだ」の次には唇を塞いでしまったのでわからない。
「っ、ん、やまと、だめ……」
「なんでだよ」
「……俺、怒ってる」
「だから?」
「怒ってる相手とは、仲良くしません」
「仲直りしようぜ」
「しない」
「しねぇの? 一生?」
「一生」
「マジで、一生?」
「一生……じゃ、ない……」
「じゃあもういいだろ」
頬に触れる。見かけよりずっと熱くて驚いた。キスの前に瑛二の両手が首に絡まって交歓を求める。応えて、喜ばせてやりたいと思った。けれど妙な嗜虐心が盛ってしまって、触れ合う手前で動きを止める。
「いじめないで」
唇に、温かい感触。ずいぶん可愛い言葉を選びながら、キスはいつもよりずっと性急だ。求められるがままに舌を突き出して、口と口の間で絡ませるのが瑛二は好きだ。今からそういうことをする、と感じるらしくて。
「したい、したいよ……大和、したい……」
「おれも。もう無理だ」
甘えた声がゆるゆるに蕩けきってかわいい。なのにベルトのバックルをいじると、瑛二は「やだ」と不満を漏らした。
「なんだよ」
「やだ、先に大和が脱ぐの」
「別にいいけどよ。おまえ、けっこう酔ってんな?」
正座タイムあたりから気付いてはいたけれど、目が座っている。ジャケットもTシャツもパンツも下着も靴下も全部脱ぎ捨てて、「で?」と訊いた。
「……勃ってる」
「そりゃ勃つだろ。つかおまえも勃ってんだろ?」
悠長に話している暇なんて本当はない。瑛二は「うん」と笑ったあと、でももう一回キスがいい、と大和の肩に両手を乗せる。生殺しもいいところだ。酒でほぐれた細い体を押し倒すなんて造作もない。
「え……」
「したいんだろ」
仰向けにした細い体の下肢をまたぎ、またキスをする。右手でパーカーの上からわき腹をくすぐり、胸元を撫でる。瑛二の快感の粒はどこに潜んでいるのか、厚手の服の上からじゃわからない。
「仲直りセックスってめちゃくちゃきもちいいらしいぜ」
「そうなの?」
「仲直り、ってほどのあれでもねーけど」
パーカーを両手で胸のあたりまで持ち上げて先端に口を寄せた。膨らみのない胸がどくどくと動いているだけで興奮する。ちいさくとがった部分を舐めると「あ!」と瑛二が大きな声で喘いでずいぶん酔っているのがわかった。
「や! あぅ、ん、や――っ」
「ここで感じんの、ほんとエロいな」
「あ、あ、やだ、やさしくして」
「十分やさしいだろ」
誘われている気がして甘噛みすると細い体の真ん中がぴくりと跳ねる。かわいい。打ち上げられた魚みたいに全部を大和の手に支配されているのが。
アルコールとどちらのものかわからない汗の匂いが興奮を煽る。酔っても顔にはあまり出ないくせに声が甘ったるくなるところが好きだ。大和の前だけで見せてほしい。他の誰にも絶対、こんな愛おしいところは見せてやらない。
「あ――やだ、そこばっかさわらないで……」
「ここでイけんだろ……?」
「や、あ、いけな、あ、やっ、下、下も……」
「ん――、ちんこ触ってほしいか?」
「して、こすって……」
「あー……ほんとやべー、かわいいなおまえ」
胸元を唇で愛撫しながらスラックスを脱がせ、指先で下着をずらすと瑛二の雄は海にかえった魚みたいに勢いよくたち上がった。狭いところに押し込めていたのが可哀想なくらい。
たらたら零れる蜜を掬い取って足の間にそっと触れる。
「や、触ってくれるって、言ったのに……」
「いれてから触る」
「そんな、むり……、いっちゃう、もういく……っ」
両膝を立て、瑛二は両手で自身を扱き始める。乳首を食みながらレアな瑛二の自慰を拝んでいると大和もおかしな気分になってくる。太腿に性器を擦りつけて動くと、いっそう高い声で瑛二が鳴いた。
「あぁっ! あ――」
びゅっと飛び出た精液が腹に散らされ、ぱたぱたと瑛二の肌にも落ちていく。涙みてぇだ――と思っていたら、見上げた瑛二の瞳からも雫が一筋横に流れていた。
「なんだよ、そんなにいかせてほしかったのか?」
「だって大和が悪いのに……、いじわるばっかり……」
手の甲で涙を拭っても、また生まれてきてきりがない。
「わかってる、大和が行きたくて行ったんじゃないし、仕事の付き合いだから断れないのもわかってる。もう行かないでなんて俺には言えないし、もしかしたら俺だって、いつか行くのかもしれないし……。でもいやなんだもん、大和は、俺の大和なのに」
ぼとぼとと涙がこぼれてきれいな顔をゆがませる。
それなのに、やばい、かなりぐっときた。
泣き顔にキスを落とし、両脚を持ち上げる。繋がる部分が高く、よく見えるようにぐっと瑛二の体を折り曲げて、性器を入り口で上下に動かすとひくひくして求められているみたいだ。
慣らさないと入らないだろうか。昨日も一昨日もほどいた体だ。大和のかたちを覚えていてくれたり、しないだろうか。
「そのまま――いれて」
「え」
「いれたら動いちゃだめ」
「――いてぇかもしんねーぞ」
「いいから」
ぴしゃりと言葉を遮られ、ゆっくり体で繋がった。
きついながらにちゃんと飲み込んでくれて、大和の先走りだけを潤滑剤代わりにして進めた。にちゃ、と粘着質な水音が内側から聴こえてくる。
奥までたどり着いた時、瑛二が甘く叫んだ。けれどそれきり大和は言われた通り動かなかったし、瑛二も黙って大和を見上げるだけだ。体温にもかたちにも、とっくに馴染んでいる。
「俺の、さわって。大和はまだ手しか動かしちゃだめ」
「仕返しかよ」
「うん」
言われた通り体勢を変えず性器を高めていくと、瑛二の気持ちのいいタイミングで締め付けられて動かなくてもたまらなくなる。咥え込まれた口がひくひく震えているのが静かに性感を刺激した。
「あ、ぁ、あ――」
「えーじ、ちんこ触ると、後ろもきもちいいっつってんぞ」
「え、や、あぁぁ、わかんない……っ」
「でもほんとにそうだぞおまえ。めちゃくちゃエロい。……おれだってあんな店、もういきたくねーよ」
「あ、ぁん、やぁっ」
「家かえったらこんなやらしいえーじがいるのに」
「ひゃ、やだ、言わないで……」
「なんでだよ、感じるとおまえ、穴ひくひくさせてすげーエロいし、おれもすげーきもちい……」
可哀想なくらい大和を求めて膨れ上がった性器を包み込んで高めてやる。とろとろと白濁が零れた後で瑛二の肩がぴくぴく震えて思った通りに体を動かせないでいるのがかわいい。
「あぁぁぁっ! や、ぁ、大和、まだ……っ」
「ん、こっちでもイくか……?」
腰を中で回すと、夢中で何度も何度もうなずいた。
「いっぱいして」
「うごいていいのか?」
「いいから、して、きもちよくして」
ぱたぱた揺れる両脚を抱え直して突き上げる。瑛二の好きなところは知っているから、わざとそこを少し外して焦らしてから、たっぷり与える。細い指にかき回されて乱れていくシーツが瑛二の愉悦をはっきり伝えるようだった。
「っあ……やっぱすげぇ……あつい、えーじの中、めちゃくちゃあつくて、最高だ……」
「――ッあ、あ、ぁあ、ああーっ」
「あ、きもちいい、おまえの中、すげ……ッ」
「ぁ、あ、あ、あ、あ、ぁんっ! やまと、もっときもちよくして……」
「好きなとこ、いっぱいしてやるからな……」
ぐるりと華奢な体を横に倒した。片足だけ持ち上げて、間に入れた体を懸命に動かすと感じ入る顔がよく見える。ひゃんひゃん鳴き狂う唇も、真っ赤になった肌も、涙のにじんだ瞳も。
「どこ、どうしてほしい?」
「きもちい、ぜんぶ、きもちい、だからぁ……や、や、あっ!」
「奥、あてられんのすきだろ」
「すきっ……、すき……」
「ん、えろい顔してんな」
「あ、いく……またいく……っ!」
「わり、おれも……っ!」
「え、ぁあ! あ、あん、ぁあ!」
びくびく震えた体が大和の射精の直後、また大きくしなった。中で、連続していかせてしまった。ゆっくり引き抜くと、シーツになだれ込んだ横顔がまた愛らしく離別を惜しんで喘ぐ。
風呂場で二回戦にもつれこんだ後、髪を乾かさずにベッドに沈んだ瑛二の隣でビールを開けた。くっと三口流し込み、寝間着の上から背中を撫でる。「頭いたい……」とシーツに向かって呻くのは酒のせいか、セックスのせいか。それとも――。
「ねぇ、そういえばどんなお店行ったの?」
うつぶせのまま顔を横に向けて瑛二が問う。
「外国人の女が席にきたりショーみてーなのやる店」
「へー……」
連れて行かれたのは二度目だったが、ノリが未だによくわかっていない。この手の金のかかる遊びにも慣れていないので「どんな」と言われても見たままを話すだけだ。あからさまにいやらしい感じではないと思うが、衣装の露出度は高かったしすけべ心丸出しのオッサンで溢れていたのは事実だ。妙に馴れ馴れしいスキンシップが多く、あーいうのが好きな人間って一定数いるよな、とは思う。胸のボリュームに圧死させられそうなハグは挨拶みたいなもので、やたらと太腿を撫でまわされた。あれは、そういえばちょっと不快だった。
「えーじ」
ビール缶をベッド脇のテーブルに置いて、細い体に覆い被さると予期していなかったのか「わっ」と間の抜けた声がした。
「店の女にめちゃくちゃ足なでられたの思いだしちまった」
「足?」
「ん、こんな感じか」
手を伸ばして太腿をさする。男のこんなところ、金でももらわなきゃ触ってらんねーよなと店では思っていたのに、好きな相手なら話は別だ。
「足、触られるの嫌いだっけ?」
「ちげぇよ。知らねぇ女がさわるからだろ」
「……そっか」
もぞもぞと瑛二の手が伸びてきて、ハーフパンツに忍び込んで太腿を撫でる。ほら。見知らぬ女には服の上からでも触られたくなかったのに、瑛二に素肌を撫でられて体が喜んでいる。前髪の上からおでこにキスすると、ふふっと笑った。
「俺も、大和がしてくれるから全部気持ちいいんだよね」
「そうだよな」
「……仲直りセックスも」
「だな」
「気持ち良かった」
首に両手を絡められ、アルコールも何もかも邪魔できない二人の世界に連れて行かれる。九割くらい残っているビールがもったいない、と一瞬脳裏によぎったけれどどうでもよかった。髪を梳きながら隣にごろりと寝転がる。かわいくて魅力的ないやらしい恋人も穏やかで優しい夜も全部ここにある。だから他にはもうなにもいらない。
