「うん、そう。元気だよ」
母が電話をかけてくるなんて珍しい。たまたま部屋を出たタイミングだったから、ナギは廊下の長椅子に腰掛ける。
両親のどちらかとは月に一度話すけれど、電話をかけるのはだいたいナギだ。元気ならそれでいい、が口癖で、体調は本当に気遣ってくれているからそれ以上は望まない。
上京する前は「パパ・ママ」と呼んでいたのを、半年くらい前に「お父さん・お母さん」に変えてみた。何かしら反応がほしかった。でも父親も母親も、何事もなかったかのように受け流した。期待していなかったけど、そのときはそれなりにショックを受けた。今はもう気にしない。
母が話を切り上げたがるのを、あのさ、と呼び止めた。
「今日のライブの途中で中継入るから! そっちでもテレビで流れるから! 絶対見てね。絶対だよ」
母はわかったと返事する。ほんとに? とは訊かない。面倒な子だと思われたくない。
電話を切り、淡い青銅色の天井を見上げる。両親がナギに興味がないのは今に始まったことじゃない。健康を案じてくれるだけ良かった。「手のかからない良い子」に育ってしまったのはナギで、育ててくれたのは両親で、別にそれを恨んでいない。要領の良さはアイドルとして器用に立ち振る舞うために必要だから、総合的に判断するとプラスだ。
「ナギ、おはよう」
「わあっ! 瑛二……おはよ」
「ごめん、びっくりさせちゃった?」
廊下を歩いてきただけの瑛二に驚いてしまったのが恥ずかしくて、首を横に振る。
「今電話してた? 一人でしゃべってた?」
「電話だよ! ナギ一人でしゃべったりしないもん」
「だよね」
「ママから電話だったの。で、今日のライブの途中、うたプリアワードの中継が入って金沢でも流れるから、一応……一応ね、見てって言っといたんだ。見てくれるかわかんないけど」
「……俺は見るよ。楽しみにしてる」
瑛二は両手で拳を作り、熱のこもった宣言をする。
「うん。ありがとう。ていうか、瑛二たちは会場に来たらいいのに」
「俺たちもそうしたいけど、まだだめだって言われてるから……」
「HE★VENSの追加メンバーはトップシークレットだもんね~。あーあ、早く六人でやりたい。ねっ」
「そうだね。俺たち六人でHE★VENS……だもんね」
恥ずかしそうにはにかむ。瑛二は、グループ名やエンジェルというファンの呼称を口に出すと決まって少し照れてしまう。まだ自覚が薄いのか、「アイドルみたいで緊張する」と真顔で言って「アイドルだから(やから!)」と総ツッコミを食らっていた。
「……瑛二はデビューしたら、すっごい人気出ると思う」
初々しいとか、天然な感じがかわいいとか言われて。瑛一との対比もバランスがいいし、ナギとのかわいいコンビもいい。でもかわいいばかりじゃなくてかっこいい路線も意外といけそうだから綺羅と組ませて――とプロデューサー宜しく考え込んでいると、「そんなことないと思うよ」と謙遜が飛んでくる。
「あーるー! 絶対ある!」
「みんなに比べたら俺は普通だし……。自信持たなきゃって思ってるけど、ナギにそんなに褒めてもらえるほどじゃないよ」
「自分の魅力がわかってないところも魅力、か。ナギにはないポイントだなー……」
「じゃあ今日頑張ってね。応援してるから」
瑛二の噓偽りない優しさは嬉しい。スマホを両手でぎゅっと握りしめる。ナギが一番見てほしい人は、多分今日もナギを見てくれない。
三人でのライブは今日で七回目だった。控室で検索すると開場時刻を今か今かと待ちわびる天使たちの投稿が山のように目に飛び込む。期待されている、楽しみにされている。その自覚はナギをより一層奮い立たせる。早く天使たちの矢のような視線に刺されたい。ナギだけを――HE★VENSだけを見てほしい。歓声に包まれたい。
求められれば求められるほど力が発揮できるのは、きっと、周囲の期待に飢えた人生を送ってきたからだ。
鼻歌交じりに今日のセットリストを確認していると、「機嫌が良いな」と瑛一がミネラルウォーターを飲みながら声をかける。
「もっちろん! ライブってやっぱりテンション上がる~!」
「エンジェルを目の前にしたナギは一段と愛らしいからな。今日も期待しているぞ」
「うん! ……綺羅は本番前、ずっと落ち着いてるよね~」
視線を向けると綺羅は読んでいた文庫本から顔を上げる。
「そんなことは……ない。高揚……している」
「え~、ほんとかなぁ~?」
「……本当。嘘をついても……意味がない」
「そろそろリハーサルの時間だな。行くとしよう」
レッスン着で舞台に向かう。リハーサルの時点で会場には得も言われぬ緊張感が漂っていた。収録じゃない、一度きりのものだから、みんな念には念を入れる。瑛一は照明スタッフと段取りを確認し、綺羅とナギは一曲目の立ち位置につく。これまでより広い会場。空っぽの客席を端から端まで見渡す。チケットは即完売。数時間後にはこの客席いっぱいの天使たちの視線を浴びられる。どうしようもなく楽しみだった。今日のために頑張ってきた姿を早く見てほしい。期待以上のパフォーマンスで返してみせる。
ステージにはナギが欲しかった全てがあった。
ST☆RISHがうたプリアワードにノミネートされる。
その情報が舞い込んだのは、リハーサルの直後だった。
「どういうこと~? 二組が同時にノミネートなんて、そんなの本気で言ってんの?」
「どうやら選考会の目は節穴のようだな」
珍しく瑛一が不機嫌そうに眉をひそめる。いらだった様子ですらりとした足を組み替え、ありえないなと呟いた。
「……だがしかし、受賞の有力候補が俺たちHE★VENSであることには変わりない。俺たちが相応しいに決まっている」
「うんうん、ナギもそう思うな~」
ST☆RISHの名前を検索する。ノミネートについてはまだオフレコで、どのネットニュースにも載っていなかった。やたらとカラフルでポップな公式サイトを穴が開くほど見つめてから、ソファにスマホを放った。
「でもさ~、さっすが瑛一と社長が最初から目を付けてただけあって、ちょこまか追いかけてくるよね~」
「ああ、さすがはシャイニング早乙女といったところか」
「そんなにすごいんだ」
シャイニング早乙女とレイジング鳳が活動していたのは、ナギが生まれる前に遡る。歴史に残るトップアイドル同士だと言われてもいまいちピンとこない。桁違いのCD売上枚数を聞いても、そもそもCDにそんなに需要がある時代が存在したことに驚いてしまう。
「アイドルとしてのカリスマ性も抜群だったが、プロデューサーとしての手腕も相当のようだな」
「ま、誰がノミネートされたって関係ないよね~?」
立ち上がり、振り返ると綺羅が本を閉じて頷いた。
「うたプリアワードはナギたちが絶対に受賞するんだから」
「ああ……そうだな」
満足そうに瑛一が笑う。ノミネートが二組に増えたことへの不満より、これから始まるライブへの期待の方がナギにとってはずっと大きかった。
「さーあ、それではHE★VENSのライブ会場にカメラを切り替えましょう!」
うたプリアワードの中継が繋がったのはライブ中盤だった。ステージ中央にそびえる大階段を、瑛一をセンターにして下る。MCの男はすでにハイテンションで興奮気味だ。
「来た来た来た来た来たぁ! うたプリアワードにノミネートされた、HE★VENSの皆さんの登場です!」
天使たちの大歓声が起こる。リハーサルで確認しておいたテレビカメラの位置を、まずは気にしないように歩いた。光線のようなライトが眩しい。ST☆RISHの面々とも中継が繋がる段取りだったけれど、モニターにはまだ何も映っていなかった。
「今回のノミネート、おめでとうございます! ではテレビの前の皆さんに、今のお気持ちを一言」
MCがにこやかに話しかける。マイクを差し出された瑛一は、むっとしてそれを奪い取った。何食わぬ顔で笑っていればいいのに、ST☆RISHとの同時ノミネートがよっぽど気に入らなかったのだろう。ナギも同じ気持ちだから、瑛一の振る舞いには納得できた。
「HE★VENSの鳳瑛一だ。……ノミネートに関しては心外の一言だ。他のコメントなどあるのか? いや、ありえない」
高らかに述べるとMCへマイクを投げ返す。
「ええっ……、っと、申しますと……?」
「俺たちが他の者と比べられるなどありえない。そうだろう? 天使たち」
瑛一がすっと右手を伸ばすと会場は大いに沸いた。HE★VENSの勝利を信じてくれる天使たちがいる。HE★VENSだけを見てくれる。なんて気持ちがいいんだろう。
『順に挨拶を』のカンペが現れ、綺羅に促した。
「綺羅、挨拶。ボクの順番が来ないでしょ~?」
「……HE★VENSの、皇……綺羅だ」
「いいよねえ、喋らないキャラは」
瑛一はピリピリして(気持ちはわかるけど)、綺羅は通常運転だ。キラキラ担当もかわいい担当もにこにこ担当も全部引き受けようと、ナギはくるりと回ってカメラの前に躍り出る。
「HE★VENSの宇宙レベルでキュートなアイドル、帝ナギだよ! うたプリアワードは、ボクたちがいただくよっ」
とびきりのアイドルスマイルと決めポーズに、キューティナギコールが起こる。大きなステージ、テレビ中継も入っている中で圧倒的評価を示されるのは最大の賛辞だった。両手を掲げ応えると、その声はボリュームを増す。もっともっと聴かせてほしい。
「さ、さすがうたのプリンスに最も近いグループと前評判があっただけのことはあります、HE★VENS! 圧倒的存在感! ……しかしながら今回はもう一組! ST☆RISHに登場していただきましょう! 中継が繋がっています!」
『はぁ~い! 夜でもおはやっぷ~! えー、ST☆RISHは今、休暇中でキャンプ場に来ていまーす!』
モニターに映されたのは月宮林檎だった。日向龍也と同じく早乙女学園の教師も務める、シャイニング事務所のタレントだ。そしてその後ろにST☆RISHの姿がある。うたプリアワードのノミネート中継だというのに気の抜けた私服姿に、セットも組まれていない屋外。ST☆RISHのメンバーたちは、中継があると聞かされていないのか戸惑った様子だった。心なしかカメラの解像度も低い。
「なにあの格好、やる気あんの? それでなくても天国と地獄くらいの差があるのにね」
「……キャンプ、だから」
「自らを追い込むその余裕、イイ……! 実に面白い!」
「瑛一、いきなり生き生きしちゃってるし」
「どうせなら倒し甲斐のある相手の方がいいだろう?」
「ま、さらに深くてこわーい地獄を見るだけだしね~?」
MCはST☆RISHへ質問を投げかけ、彼らはそれに答える。短い時間で組まれた特番、しかもノミネートが二組と来れば進行はタイトで、早々と受賞のルール説明が始まった。
「今回はノミネートが二組ですが、栄光を手にできるのはもちろん一組だけ! そこで、うたプリ委員会は今回特別に、この両者の戦いにふさわしい場所を用意しました! 勝負はなんと、ライブ対決です!」
会場のボルテージがより一層上がった。聞かされていなかったけれど、予想していたから驚かない。モニターに映ったST☆RISHの六人は、全員が意外そうな表情をしていた。赤い髪の青年――一十木音也が、決心した様子で宣言する。
『俺たちは……俺たちの音楽を皆に届けたい、それだけだ!』
「俺たちの音楽を皆に届けたい……だって~!」
「勝算はあると?」
MCが切り込んでいく。
『もちろんです』
『やるからには、勝つ』
彼らももちろん知っている。一ノ瀬トキヤと神宮寺レンだ。有力候補はHE★VENSと言われているのに自信を貫く姿勢に涙を禁じ得ない。煽るように――というか実際煽るつもりで指笛を鳴らした。
「ボクたちは眼中にないってこと~?」
「……その真っ直ぐな瞳、純粋な心……たまらなく俺を掻き立てる……!」
「負けていません、ST☆RISH!」
心意気だけはね、とナギは心の中で突っ込む。
モニターの中の戦うべき相手を見つめていると、太く高らかな笑い声が聴こえた。その音は、ライブ会場ではなくモニター側から発せられる。瑛一が眼鏡を軽く押し上げた。
『ここにいるST☆RISHはYOUたちが知っているST☆RISHじゃぬぁ~い!』
回転をつけフレームインしてきたのはシャイニング早乙女だった。今ここにいる誰よりハイテンションでコミカルに見えて、しかし言葉の一つ一つが重く感じられる。
事務所の社長がわざわざ中継に登場するなんて、何か理由がないとおかしい。隣に並ぶ瑛一も首を傾げ、何も聞いていない様子だった。
『紹介しよう! 彼の瞳は百万ボルト、世界全ての生き物を虜にする、ミスターミステリアスボーイ! 愛島セシル!』
「……何?」
『ST☆RISHおニューメンバ―ッ!』
号令のような叫びと共に、愛島セシルと呼ばれた青年の写真がモニターに映される。もともとのST☆RISHのメンバーたちとおそらく同年代。褐色の肌と、削られる前の宝石みたいに鮮やかなグリーンの瞳のコントラストがエキゾチックさを感じさせる顔立ちだった。モニターの中で『ST☆RISH』の七文字がくるりとひっくり返り、メンバー一人ひとりを映し出す。最後に残された『☆』が遅れて回転すると、愛島セシルの横顔が現れた。
『これがST☆RISHの完成形なのよ』
ST☆RISHの☆はAだった――とご丁寧にMCが解説を添える。なるほど、とすぐに納得できるような、そうでもないような。
――でも、確か『HE★VENS』って。
日向のH、瑛二のE、ヴァンのV……と、六人の頭文字を繋げてつけたグループ名だった。遠くない将来、早く六人で活動できるように。そこにST☆RISHへの対抗意識を存分に込めてレイジング鳳が★マークをねじ込んだ。ST☆RISHも☆をAと読ませているのだから、我々もそうせよと謎のこじつけを押し付けて。そもそもHE★VENSが六人グループになったのはST☆RISHが六人組だったからで――つまり。
「何人増えようが同じことだ!」
「……来てたのか」
その声に瑛一が口角を上げる。ライブ会場のテラス席に照明が集中する。メンバーを集めさせHE★VENSを結成させた張本人は、豪奢な椅子に腰掛け葉巻をふかしていた。
「久しぶりよのう、早乙女」
『なーはっはっはは! 相変わらずのようですねェ……。今日は一つ、ミーからの提案がありまァす!』
「……む」
『どちらが真のうたのプリンスか見極めるには、この勝負、より近い条件で歌うべきざます!』
ううむ、とレイジング鳳も要領を得ない様子だった。何を考えているのかわからない社長たちのやり取りがナギに理解できるわけもなく、黙ってモニターとレイジング鳳を交互に見上げる。
『同じ作曲家による曲を歌うのがベストオブベストゥ!』
明らかにST☆RISHのメンバーに動揺が浮かんだのが見て取れた。
瑛一から聞いたことがある。ST☆RISHの六人は、早乙女学園時代、全員が作曲家の七海春歌とパートナーを組みたがった。彼女は一人のアイドルを選ばず、六人用の楽曲を作ってST☆RISHをグループデビューに導いた、と。
シャイニング早乙女が楽譜を高々と宙に掲げる。ナギは七海春歌に興味があった。六人ものアイドル候補生が惹かれる彼女の曲にはどんな力があるのか。ST☆RISHの楽曲は敵を知るために全部聴いたけれど、ただ聴くのと歌うのじゃ違うはずだ。
『ここにミス七海が作った素晴らしい曲がありまーす! どれでもお好きなのを持ってって自由にアレンジしちゃってくださァい!』
「ふむ……何を言い出すかと思えば……力の差が露見するだけだ! ……良かろう!」
「あっ、あのぉ……そんな勝手に決められては……」
MCが困惑して口を挟む。両社長はそれをもとんでもない風圧で吹き飛ばした。
「わしが良いと言っておるのだ!」
『ぬうわーっはっはっは! 面白い戦いになりそうワクワクう!』
「えぇぇぇぇ……っ、すごいことになってきましたぁ……! 両者同じ作曲家の曲で勝負するという、前代未聞の対決が行われることになりました!」
芸能界でレイジング鳳とシャイニング早乙女に盾突くなど許されない。額に汗を浮かべたMCは突如決まった対戦方式を受け入れ、客席とカメラの前の視聴者を鼓舞する。
「やっぱり社長のスピード感ってすごいよね、瑛一」
「ああ……。ついに七海春歌の楽曲と相まみえる瞬間がやって来たな」
「社長のことだから、アレンジしまくって原曲わかんなくなっちゃうんじゃない~?」
「関係ない。それでもいい」
期待を込めて笑む。早乙女学園在学中から七海春歌に目を付けていたのは瑛一も同じだった。
「聞け! HE★VENSよ!」
会場のざわめきを割り鎮めるように、レイジング鳳が立ち上がり叫ぶ。
「この勝負、負けたうぬらは解散! 良いな?」
静まり返った会場に、感嘆の声が渦のように広がる。
瑛一と綺羅の肩がぴくりと動くのがわかった。動揺――というより呆気に取られている。それはナギも同じだった。もし負けたら、なんて仮定はらしくない。
「我がレイジングエンターテインメントに敗者などいらぬ!」
「これはなんと厳しいレイジング鳳ぃーッ! 完璧を貫く姿勢は現役当時そのままだ!」
HE★VENSが負けるなんてあるわけないのに。強がりじゃなく、本心でそう思った。
解散の二文字はちょっとセンシティブだけど、来るはずのない未来を憂いて騒ぐのは時間の無駄だ。解散を賭けた戦いはマスコミや世間に向けた格好の餌でしかなくて、レイジング鳳はシャイニング早乙女が同条件を提示することをきっと期待している。だから文句を言うつもりはない。
「ボクたちが圧倒的なのは変わりないしー……、いいじゃん?」
「珍しく良い案だな。解散か…………イイ! 最高にゾクゾクする!」
頷いて綺羅も賛同する。続いてシャイニング早乙女も高らかに宣言した。
『ではST☆RISHも負けたらば解散といこうか!』
モニターに映るST☆RISHの七人は口々に驚きの声をあげる。こんなに分が悪い戦いを強いられて、なんて可哀想なんだろう。
椅子にふんぞり返ったレイジングは満足げに笑い、対するシャイニング早乙女も「ノープロブレム!」と叫んでいる。
レイジングエンターテインメントに敗者は不要――それはレイジング鳳の本心だろうけど、それだけだろうか。
レイジング鳳の狙いはHE★VENSの圧倒的勝利、そしてST☆RISHの解散――そう考えるとしっくりきた。脅威の種を早めに摘んでおきたいのはよくわかる。でも解散させたいほどなのか。ちょっとやりすぎじゃない? とわざわざ言う気にはなれないけれど、これでST☆RISHを解散させちゃったら後味悪いなぁ、と思わなくもない。妙なアンチを生みそうで建設的じゃない気がする。でも、レイジング鳳の許でアイドルをやるからには、これからも嫌でもST☆RISHを意識しなければならないのだろう。ならやっぱり早めにつぶしてしまうのがいいのかもしれない。
「さて、最もキラキラとした新人アイドル、うたのプリンスの称号はどちらの手に渡るのか!」
MCがステージから捌け中継が終わると、自然とHE★VENSコールが巻き起こる。プリンスの座はHE★VENSのものだと言わんばかりの歓声、HE★VENSのためのステージ。そして瑛一と綺羅は当然だと誇った顔で照明と声の波を浴びている。二人と一緒に舞台に立つと、ナギも自分がこの場所に相応しい存在だと胸を張れる。
ナギ、と丸いフォントで名前を大きく印字したうちわを見つけてキスを投げる。その一帯で悲鳴があがり、彼女たち――時々男性もいるけど――は一心不乱にナギに手を伸ばす。
もっとボクを見てほしい。
ステージの上では夢が叶う。つまらないことなんて一つもない。
天使たちとのコール&レスポンスはいつも新鮮で、求められると身体中の血の巡りを感じるほどにわくわくする。愛されていると実感できるこの場所が好きだ。他のアイドルの存在は関係ない。
もっと、もっとボクだけを見てほしい。
アンコールを終え控室に戻る。現実に返ってしまった脱力感と疲労感がなんだか寂しいけれど、ステージを下りても仲間がそばにいる安堵が強く身に染みて、この瞬間も嫌いじゃない。
上着のポケットからスマホを取り出すと、LINEの通知が入っていた。連絡なんて来てるわけない、と自分自身に言い聞かせながら確認する。動いていたのはHE★VENSのグループだけだった。わかってた。だから傷付かない。お疲れ様と連絡をくれる仲間がいれば十分だ。
「三人のこと、びっくりさせちゃったね」
リアルタイムで打っていたのだろうか、『ほんまに!?』『うそだろ?』『解散!?』と、ヴァンと大和のメッセージが並ぶ。瑛二はメッセージを打つ余裕がなかったのかもしれない。食い入るようにテレビを見つめる姿が目に浮かぶ。瑛一と綺羅が上からナギの端末を覗き込んだ。
「心配させて……しまった」
「生中継だからと好き放題し過ぎだ、社長たちは」
「ST☆RISH、超焦ってたもんね~」
「七人目には……俺も……驚いた」
「また親父がうるさくなるぞ。解散しなければ、の話だが」
「ナギたちが解散なんてするわけないじゃん、ねっ綺羅ぁ?」
「……ああ、当然だ」
撤収するぞ、とマネージャーに扉の外から声をかけられる。もっと三人でお喋りしていたかったような、早く帰って六人でもっと話したいような。急いで衣装を着替え、ポケットにしまう前にもう一度スマホをチェックした。電話もかかってきていない――当たり前だけど。
「ナギ、どうかしたか」
すでに控室を出ていた瑛一が戻ってきて声をかける。
「……ううん、何でもないっ」
笑顔を作り、瑛一のあとを追いかけた。
この背中についていく。大切にしたい仲間もいる。だから平気だった。
ポケットの中でスマホの電源を落とす。大丈夫、と呟く言葉は虚勢じゃなくて、ただのおまじないに過ぎない。
