ラブホに行くやまえじの話

2025年5月 超プリ★コン2025 にて発行した無配小説です。


 

「あのお城みたいな建物って何なんだろう?」

 春の海に心地よくぬるい風が吹き抜ける。空は淡い紫色に染まり、地平線が遠くの方に薄く光っている。季節外れで人気のない海は恰好のデートスポットだった。浜辺へと続く階段に並んで腰掛け、脱いだスニーカーをひっくり返して砂を外に出しながら瑛二が何気ない口ぶりで訊いた。その視線はインターチェンジ付近に建てられた洋風の城のような外観をした古めかしい建物にまっすぐ注がれている。

「大和はあれ、何だか知ってる?」

 無垢な瞳、興味津々な声音。瑛二はそれが何なのか本当に知らないのだろう。
 子どものおもちゃみたいにわざとらしく真っ白に塗られた外観。屋根はミントグリーンで、遠目に見るとお姫様でも住んでいそうな可愛らしい城に見える。砂をかき出したスニーカーに再び足を突っ込んだ瑛二の顔を覗き込み、念のため訊いた。

「……ほんとに知らねぇのか?」
「え、うん。もしかして、知らないのっておかしいかな」
「おかしいっつーか……」

 自分が瑛二くらいの頃にはもちろん知っていた。利用したことがあったわけじゃなくて、友達同士の会話の中でなんとなく聞いたり、前を通りかかったときに「ああそういうことか」と感じる独特の雰囲気があったから。
 スマホの画面をタップし時間を確認する。今日は夕飯を外で済ますと伝えてあるから、急いで帰る必要はない。

「行ってみるか?」

 瑛二の手を引き立ち上がる。何も知らない瑛二は嬉しそうに「うん」と頷いた。

 

  世間知らず――というわけではない、と思う。
 バイクの後ろにまたがる瑛二の温度を背中に感じながら考える。
 いや、年の割には知らなさすぎるのか? 主に――性的というか、そういうことについて。瑛一あたりに「お前はまだ知らなくていい」とか何とか丸め込まれてきたんだろうか。
 時々、こんなことも知らないのかとびっくりする。バイクの後ろに乗るのも、オフシーズンの海に来るのも大和とが初めてだった瑛二。おれとはちがう、とつくづく感じる。

「……あ」

 その建物に近付いて、でかでかと掲げられた看板が視界に飛び込んだ頃、さすがに瑛二もそれが何か察したらしい。近付くと、洋風の城を模した古びた建物から妙な生々しさを感じる。ハリボテ感というか、いかにもというか。
 ヘルメットを取って大和に手渡しながら、瑛二は顔を赤くした。

「大和、俺……そういうつもりじゃなくて……」
「ほんとは知ってたんじゃねぇのか?」

 からかってみる。瑛二は慌てて「本当に知らなくて!」と大和を見上げた。瑛二が知らなかったことくらい、もちろんわかっている。あれが演技で、大和を誘っていたんだとしたら大したものだ。
 自然と手を繋ぐ。フロントは無人で、他の客の姿も見えずがらんと静かだ。駐車場にも車はぽつぽつと数台しか停まっていなかった。今時こんなひなびたラブホテルを利用する客は多くないのかもしれない。エレベーターに乗り込むと、唸るような音をたてて昇っていく。

「訊いたのがおれでよかったな」
「……昔、兄さんにも訊いたことあるんだ。はぐらかされちゃったけど」
「それから自分で調べなかったのか?」
「そこまで知りたかったわけじゃなくて。だから今日たまたま見かけるまで思い出しもしなかったんだけど……兄さん、あのとき困っただろうな」

 子どもの頃の自分のピュアさを思い出し、くすりと笑う。

「……瑛一泣くんじゃねぇか? そんなかわいかった瑛二が男に抱かれようとしてるなんて」
「泣かないと思うけど……でもそう考えると、いけないことしてるみたいでドキドキしちゃうね」

 身体を寄せ合い、上目遣いで瑛二が微笑む。知らないことがたくさんあるくせに、大和の扱い方については特別上手いのだ、この魔性は。 丸い頭の上に顎を乗せる。互いの顔が見えないくらいが今はちょうどいい。

「そういうこと言うなよ。部屋入る前におそっちまうぞ」
「……大和ってよくわかんないタイミングで興奮するよね」
「おまえのせいだろ」

 煽っている自覚もないのか。
 リリ、と古めかしい鈴の音と共にエレベーターの扉が開いて部屋に向かう。どこもかしこもなんとなく懐かしい感じがする。部屋の扉に鍵をかけると瑛二がぎゅっと抱きついてきた。えへへと楽しそうに笑う姿はこの場所に不釣り合いだ。

「俺、ここが何だか知らなくてラッキーだったな」
「つーかなんだと思ってたんだよ」
「写真館とかなのかなって」

 軽々と瑛二を抱え上げベッドルームへ進むと、期待を裏切らない内装が待ち構えていた。薄暗いピンク色の明かりに包まれた部屋の最奥に、天蓋付きの大きなベッドが鎮座している。いくらなんでも『ラブホテル』という名にふさわしすぎて笑ってしまった。

「だってここ、大和が普段連れて行ってくれるホテルとは全然違うし……」

 いかがわしいピンクのライトを見上げて瑛二が言った。確かにそうだ。というか、こんないかにもセックスしてくれと言わんばかりのホテルなんてもう絶滅したと思っていた。
 シャワールームにはベッドルームよりも淡いピンク色の明かりが降り注いでいた。真ん中にどんと置かれた猫足のバスタブは、雑誌の撮影くらいでしか見かけないような代物だ。ところどころに入っている小さなヒビが年季を感じさせる。身も蓋もないが、目が悪くなりそうな空間だなとしか思えなかった。

「なんかおもしろいね」

 薄桃色の下で服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びる。二人で砂浜を歩いたときに入り込んだ砂がさらさらと流れていくのを感じた。目にも見えない細かい粒。

「やっぱりこういうところの色ってピンクなんだ」
「たしかに、オレンジとか緑ってイメージはねぇよな」
「……大和の色ってエッチな色なんだね」
「おい、んなこと言うな」
「ふふ、ごめん」

 瑛二の手は大和の太ももとを撫でて、そのままするすると上に向かってくる。触って楽しいもんでもないだろうに。やわらかくもないし、なめらかでもない。凹凸の代わりに筋肉の隆起を感じられる上半身をまさぐり、人差し指で乳首をくりくりと捏ね回した。もう片方を舌先につつかれ、大和は壁に手をつく。つるつるとしたタイル。これは淡いグリーンのようだった。

「……こういうことは知ってんのにな」
「え?」
「なんでもねぇ」

 シャワーを止め、愛撫の途中なのもお構いなしに手を引いた。さらに薄暗く濃いピンク色のベッドへ。色の感覚がぼんやりしてきたが、シーツはきっと真っ白だった。そこに瑛二を押し倒し、目を眇めて見下ろす。

「――ん?」
「どうしたの?」
「いや……」

 瑛二に、というかその丸い瞳に近付く。鮮やかな紫色の瞳が不自然に光っている。それがハートの形をしていることに気付くのに時間はかからなかった。振り返るとベッドの天蓋の部分にちゃちなライトが取り付けてある。これのせいで瞳の中にハートが見えるってわけか。明らかに後付けの安っぽい仕掛けに笑いが洩れた。

「大和?」
「わるい。なんかあのライトのせいで、瑛二の目ん中にハートが見えんだよ」

 簡潔に説明する。俺も見たいと瑛二は上下を入れ替えようとしたが、「あとでな」とねじ伏せた。  いったいどういう趣向なのか――。手のひらにこぼしたジェルを中指で掬い、ふと考える。
 一面ピンク色の部屋。天蓋付きのベッド。ハート型のライト。そういえば、かすかに甘ったるい香りが充満しているような気もする。こんな仕掛けを施さなくたって、裸で重ね合えばすぐに心も身体も熱を持つのに。どんな空間にいたって瑛二が愛らしくそしていやらしく大和を誘うことには変わらないし、大和だって場所で何かを変えるつもりもない。
 内腿を掴んで脚を開かせ、右手でそこを探る。その他の前戯なんてなくても、瑛二の身体は歓んで異物を受け入れた。

「あっ、あ、やまと……」

 シーツの上で両手を遊ばせ、四肢をくねらせ悶える。白い肌が人工的な色に照らされてなんだか他の動物みたいに見えた。そこは拒みもせず大和を咥え込むから、二本、三本と指を次々と増やしていく。

「んっ、ん、あぁ……っ、あ」
「くるしいか?」
「んん……へーき、あぁ……」

 細い腰が小刻みに跳ねる。それに合わせてすっかり膨張した硬い性器もぴくぴくと震えた。

「なんでいつもより興奮してんだよ」
「だって……」

 瑛二の手がシーツを掴む。

「なんか……セックスするための場所なんだって……そんなとこに、大和と来てるんだって……そう思ったら、エッチな気分になっちゃって……」

 そういう考え方もあるのか、と妙に腑に落ちて頷いてしまった。 セックスするつもりで互いの部屋を行き来したり、それだけのためじゃないホテルで交わり合うときともまた違う――正直大和にはその違いがあまりわからなかったが、何らかの差を感じているらしい瑛二の姿は確かにいつもとちょっと異なって見える。

「そのせいでこんな風になってんのか?」

 兆した性器を握り込む。その先端からはすでにとろとろと腺液があふれ出していた。

「ぁああんっ」
「でけぇ声」
「だって……ここ家じゃないし、だめ?」
「だめじゃねぇけど……ここすげぇ古そうだしよ、となり、聴こえるかもしんねぇぞ」
「でもがまん、できな……あ、あっ、ぁあ!」

 両方の手を同時に動かすと瑛二はびくびく震えた。そもそも隣の部屋に誰かいるのかさえ疑問だ。混み合ってでもいない限りそんなはずはないと思うけど。でも瑛二がそのスリルに感じているみたいだからいいか。
 蜜を噴きこぼす性器を下から上へ、ひくひくと抗う孔を奥へと、動きを揃えて攻め立てる。長い指の腹で内側の弱いところを狙うと、瑛二は目を見開いた。その中に乱れるハートマーク。

「……たしかにちょっとかわいいかもな」
「なに、が……っ?」
「ラブホに、おれとセックスしにきてるえーじ」

 奥を擦りながら身体を倒す。爛々と光ったハートが目の奥によく見えた。

「エロマンガみてぇ」
「やっ、あ、あっ」

 これはきっとホテル側が意図した通りの盛り上がり方に違いない。こんなチープな仕掛けひとつでいつもと違う楽しみを見い出せるなんてある意味すごい。指を揃って引き抜き、体勢を入れ替えた。瑛二は訳もわからず喘ぎながら、しかし自分が大和の上に乗せられていることに気付くとうんと近付き瞳を覗き込む。

「……ほんとだ」
「だろ」
「かわいい……」

 うっとりと呟く。しまいには「このライト買おうかな」と小首を傾げるものだから「さすがにいらねぇよ」と一蹴してしまった。

「わかった。じゃあまたここ連れて来てね」

 顎の裏側に唇が触れる。自然な誘い文句に反応する暇もなかった。オレンジ色の瞳の中にハートを宿した大和を見下ろしながら、瑛二がその太い性器を後ろへ導いたから。

「大和も興奮してない?」

 大和を見下ろす瞳も、中心で熱を反り返らせる身体もてらてらピンク色に光っていて淫猥だ。後ろを拡げ、くぷりと先端を飲み込ませると動きが止まった。
 興奮するに決まっている。でもそれはこの不可思議な色の部屋のせいではなくて。瑛二と肌を重ねている、この当たり前のようで当たり前じゃない交わりに、大和はいつだって興奮している。

「えーじ……」
「や、あっ、だめ……俺が……」

 腰を掴んで一気に引き寄せる。大和の上に座り込む格好にさせ、腹筋を使って起き上がった。

「やまと、ハート、消えちゃ……っ」
「また来て見りゃいいだろ」

 そんなことより。繋がったまま再び上下を逆にし瑛二を押し倒す。こっちの方がしっくりくる。わざとらしいハートマークだって、大和より瑛二の目の中にある方がぴったりだろう。密着した腰をさらに深く押し付けると、ハートがどうだとか、瑛二はもう喋れなくなる。

「ああっ、や、あ!」

 シーツが瑛二の指にくしゃくしゃに乱される。瞬きの度にハートマークが乱れ散って、瞳を不自然に煌めかせた。
 子どもの頃、瑛二にこのお城の存在について訊かれた瑛一はどう答えたんだろうか。お姫様が住んでいるお城だ――とか? いくら外見ばかり取り繕ってロマンチックに見せたところで、こんなところで絡み合っているのは欲にまみれた獣みたいな男と女だけだというのに。稀にこんな風に、男と男もいるんだろうけど。

「あ……っ!」

 瑛二の手の甲が唇を塞ぐ。それを剥がして見下ろした。

「ふさぐなよ」
「さっき、声大きいって……」
「でけぇのが好きなんだよ」
「でも、隣……、あっ! あぁ……っ!」

 両手を頭の上で拘束し、律動を繰り返す。ギリギリのところまで引き抜き、さらに奥へ。長いストロークで激しく攻め立て、それから小刻みに腰を振った。

「あ! あ、あっ、ぁん!」
「えーじ、ここだろ」
「やっ、だめ、だめ、すぐいっちゃう――」
「いけよ。がまんすんな」
「や、や、あっ……ああ……っ!」

 瑛二は抜け出した手で再び口を押さえようとして、でもすぐに離した。これも大和が教えた。恥ずかしくても声が聴きたい。顔だって隠さないでほしい。感じている瑛二を全部感じたい。
 腹に当たった瑛二の性器から白濁が吐き出され、いったんだとわかった。まだ全部出きっていないこともわかっていたけれど、律動をやめない。

「あ――、あっ、あ! だめっ、やまと、きもちい……」
「じゃあだめじゃねぇよな」
「んっ、ん、よすぎて、だめ……っ」
「ん……じゃあ、やっぱだめじゃねぇな」

 膝裏を抱え直しさらに奥へと突き入れる。ぎしりと鈍く軋むベッドのスプリングが行為の激しさを知らせた。瑛二の腕が伸びて、首に巻き付いてくる。引き寄せられ、額と額の当たる距離で見つめ合った。ぎゅっと絡みついてくるのは手足だけじゃない。

「あ――あっ、あ……っ、きもちい――」
「えーじ、あんま締めんな……」
「わかんな、い……っ」

 ほんとかよ、ともっと揺さぶりたくなる。でも無理だ。大和の首に絡みつく両手、腰を固定する両脚と同じ頑なさで、内側を犯す性器を愛おしげに締め付けられているとそれだけで蕩けてしまいそうになる。

「えーじ……もうおれも――」

 いく、と伝える前に大きく息を吸い込む。それ以上は言葉にならなかった。丸い頭を抱え、こめかみにくちづけながら、息を吐くより先に欲望を解き放つ。瑛二の瞳の中の鮮やかなハートマークが何度も点滅していた。

 

 

  「……あ、これ逆か」

 散々やることをやって、出すものを出し切って、シャワーを浴びてから、着て来た衣服を身に付ける。ピンク色に沈んだ暗い部屋のせいでTシャツを後ろ前逆に着てしまった大和を振り返り、瑛二が笑った。

「なんかここ、目悪くなっちゃいそうだね」
「……さっき、おれも同じこと思った」
「ほんと? お揃いだ」

 楽しそうに笑う。こんな場所には似つかわしくない、健やかすぎる穏やかな表情で。
 くちづけの前に互いに目を閉じた。 深く濃いピンク色がまなうらに焼き付いて離れない。