テレビ番組の収録は、往々にして時間通りには進まない。十分程度の遅れは日常茶飯事で、三十分以上押したり待たされたりする場合もある。それ自体は仕方がなく、綺羅もいちいちストレスを感じないが、待ちが発生すると後悔が同時に押し寄せてくることが多かった。
しばらく待機していてください、と申し訳なさそうにスタッフに頭を下げられ十五分。やることがない。読みかけの本を持って来れば良かった。
ダンスの振りの確認をしたいが、楽屋はそこまで広くないから不可能だ。先に帰ったナギは、今頃瑛二たちとダンスレッスン中だろう。この待ち時間の間だけ事務所に帰って参加し、程よいタイミングで戻れないものだろうか。当然そんなわけにはいかず、綺羅は瑛一が見ていたテレビ番組に目をやる。
瑛一はただ「見ている」わけじゃない。研究しているのだ。自分たち以外のアイドルを。瑛一と綺羅とでは着眼点が違う。今MCはどうしてこのアイドルにこの話を振ったのか、このグループではどうして受け答えするメンバーが彼に固定されているのか、トークの尺、出番順――瑛一が頭に叩き込んでいる要点を綺羅が注意して見たところで、それを何かに生かせる自信がない。だから、深く考えず画面を眺めた。
『今夜のゲストはこちらの皆さんでーす』
様々な分野の芸能人がテーマに沿ったトークを披露するバラエティ番組。スタジオのひな壇の前段に、聖川真斗と神宮寺レンが座っている。丁寧に頭を下げる聖川とひらひら手を振る神宮寺は非常に対照的だった。
「綺羅は聖川真斗と知り合いだったか」
「知り合い……という程ではない。俺が一方的に……知っている……だけ」
「そうか」
「神宮寺レンも……一度、見かけたことがある」
「ああ。確か神宮寺も財閥の御曹司だな」
ただし、神宮寺レンは嫡男ではない。それが綺羅と神宮寺の決定的な違いだ。
聖川を一方的に意識していたのは彼が嫡男だと聞いたからで、神宮寺家の当主になると言われていた男はいくつか年上だった。神宮寺家は三兄弟で、三男のレンが綺羅と同い年のはずだ。
「綺羅、たまには実家に顔を出さなくて良いのか?」
CMに入ると瑛一が何気ない素振りで訊いた。問題ない、とすぐに答える。不自然な即答に瑛一は苦笑を隠さなかった。
「本当か?」
「……なぜ?」
「いや、結局綺羅がご両親とどう話したか聞いていないと思ってな。親御さんは納得しているのか」
「父は……音楽を、やりたいのであれば……好きにしろと」
「それは永久に、ということか?」
「…………それは」
違う。が、返事はできなかった。
CMが明けると、女優のトークに相槌を打つ聖川が一瞬抜かれる。穏やかな笑みを浮かべていた。この男はどうだろうか。同じ長男で、年齢も近く、互いにアイドルの世界に身を置いている。
「いつか帰って来ると思われているのではないのか?」
瑛一は視線をテレビに移し、でも綺羅に的確に問うた。
そのうち戻って来いと、はっきりと言われているわけではない。しかし音楽を学びたいと言って家を出た綺羅を誰も止めなかった。すなわち、一時の気の迷いか、若いうちに経験すべき短い青春に過ぎないと思われているのだろう。デビューした今も、実家からの連絡はない。綺羅からも連絡は取っていない。たまに姉が「見たよ」とLINEを送ってくれるくらいだ。
忙しすぎて実家のことを考える暇がなかった、というと嘘になる。
いつも頭の片隅には実家の影がちらついていた。瑛一につつかれた以上、すぐにでも両親と話した方が良いのではと気持ちが掻き立てられ、咄嗟に立ち上がり、いやいや……と冷静に椅子に掛け直す。一連の挙動に驚いた瑛一が「綺羅?」と目を丸くした。
「……すまない。考え事を……していた」
「ああ、そうだろうな。顔に書いてある」
「顔に……」
だとしたら、瑛一にどこまで気取られているのだろうか。二人で過ごすときの沈黙には慣れているのに、迷いが顔に出ているのではと考えるとどうも居た堪れなかった。瑛一は綺羅の些細な変化によく気が付く。瑛一曰く「仲間なのだから当然」らしいが、綺羅には特殊能力のように感じられた。
「今話したくないならばそれでいい。いつか話したいと思ったときに話を聞かせてくれ」
瑛一の責任感の強い瞳は何より信頼できて頼りになる。その分全てを見透かされているようで怖くもあった。そして時々、その瞳が曇るのを綺羅は知っている。
「……瑛一も」
「ん……?」
「……話したいことが、あれば……何でも……話してくれ」
瑛二を含めた六人で一つのグループになると決めてから、瑛一は少し変わった。清々しく、さらに自信に満ち溢れたように思う。周りが驚くほど厳しく瑛二の指導にあたり、それは期待の表れだと綺羅は理解した。おかげで瑛二の成長はめざましい。
だからといって瑛一の迷いが全て晴れたわけではないようで、満ちた光のような瑛一に不意に影が射す瞬間がある。それが一体どんなときなのか、何が瑛一を曇らせるのかは分からない。だから必要ならば相談してほしい。精一杯伝えたつもりだったが、「そうだな、ありがとう」とかわされてしまった。
「頼りにしている」
瑛一は疲れた様子を見せず微笑んだ。言葉に偽りはないだろう。綺羅は小さく頷き、椅子に腰掛けなおして目を閉じた。
