月の瞳に映る夢 丸く、白とも金ともつかない色の月がはっきりと顔を覗かせる夜だった。 山梨から乗車した電車を降り、瑛一は解けかけたマフラーを結び直す。厚手のコートの前を合わせても十一月の夜は容赦なく身体を冷やしてくる。 自分で温度調節がしにくいから電車は苦… 2024-11-06愛は死なず
原石の鼓動 「はいOK! お疲れ様でしたー」 プロデューサーの声が響くとスタジオ内の空気が緩む。共演者と労いの言葉を交わし、私服に着替えると緊張も解けた。夏頃からついた担当マネージャーには先に事務所へ戻ってもらう。今日はこれ以上仕事もなく、電車で帰るつ… 2024-11-06愛は死なず
琴線 世の中には割と楽しいことがあふれている。 気の持ちようだと言われればそれまでだが、ならば余計にそう考えて生きていく方が面白い。季節は夏から秋に移ろい風が心地いいとか、得意先に嫌味を言われたけど別に失注したわけじゃないとか、時間を調べず特急… 2024-11-06愛は死なず
アイドルの系譜 五年後 山梨 小さな蝶が二つの羽根をこすりあわせて飛んでいく。黄色いパンジーの上をゆらめく同じ色の羽根。天を仰いだ花びらに虫たちがやってくると春の訪れを感じる。 水やり用のホースを巻き取り、こめかみを伝う汗を拭う。屋敷に戻る前に郵便受けを… 2024-10-03愛は死なず
ノクターンの継承 いつからだろう、父のステージを見て胸が躍らなくなったのは。 「僕のお父さん――」 クラスメイトの声が聴こえる。梅雨入りはまだなのにじめじめした空気が漂い、小雨が降ったり止んだりを繰り返す六月の五時間目だった。教室にじっとり垂れ込めるのは… 2024-10-03愛は死なず
プロローグ 愛の女神が俺に微笑んだことは一度もなかった。 光の海。「アンコール!」と叫び続ける天使たちを舞台袖から見渡す。間違いなくこれが絶頂だった。だから幕を下ろすのだ。タイミングを見誤ってはならない。 襟元にファーをあしらったジャケットに袖を通… 2024-10-03愛は死なず